第122話 回復 ~鴇汰 5~
いつの間にか窓の外が明るい。起きあがって時計を見ると、もう十時を過ぎている。
眠った気は全くしないのに頭は変にスッキリしていた。
胃袋が重い気がするのは、また眠っているうちにアレを流し込まれたからだろうか。
握り締めたままになっていた右手をそっと開いた。
当たり前だけれどなにもない。
ベッドから降りようとしたとき、脇に置かれた丸椅子を蹴飛ばして足の指に激痛が走った。
「っつ~……なんでこんなもんがあんのよ……」
悶絶していると部屋のドアが開き、クロムが顔をみせた。
「おや、もう起きたのか? 起き抜けだというのにキミは本当に騒々しいな」
「んなこと言ったって、こんなトコに椅子なんか置いてるからだろ!」
フッと鼻で笑ったクロムは、急に真顔になった。
「見たところ調子は良さそうだな。自分ではどう思う?」
「胃が変だって事を抜かせばなんの問題もねーよ。どこも痛まないし頭もスッキリしてる」
「馬鹿にも効くと言っただろう? 少しは利口になったかもしれないな」
そう言って笑ったクロムを思い切り睨んで立ちあがると、肩を押し退けて部屋を出た。
「なぁ、俺の荷物ってどこにあんのよ?」
調理場の椅子に腰をおろして、背もたれに寄りかかり背筋を伸ばした。
「あぁ、鴇汰くんの荷物なら向こうの部屋に置いてあるよ。あとで荷作りをするときに持ってこよう」
「いや、今ちょっと探したいものがあるんだよ、なかったら……どうするかなぁ……」
シタラは黒玉をサツキに渡せと言ったけれど、もしかすると放り出されたときに落としてしまっているかもしれない。
そのときは、一体どうするんだろうか。
肩をすくめて見せたクロムは奥の部屋へいくと、かばんを二つ持ってきた。
一つは調理に使う道具類の入ったもの、もう一つは鴇汰の手荷物だ。
食材の入っていた袋や、テント類は流されてしまったらしい。
それでも、鴇汰の荷物があって少しホッとした。
かばんの中身を全部テーブルに出して広げた。
「……あった」
封筒にしまって、さらにかばんの内ポケットに入れておいたのは幸いだった。
水に濡れてふやけた紙が乾いてピッタリくっついてしまっているだけで、石は傷一つない。
かばんに破れやぼつれがないのを確認して石を握り締めた。
視線を感じて顔をあげるとクロムが訝し気に鴇汰を見ている。
「なによ?」
「妙な気配がすると思ったら……そんなものを持っていたのか?」
「あぁ、黒玉っていって泉翔じゃ希少な守石なんだよ。出発前に巫女婆さまにもらってさ、全員持ってきてるけど」
「身内とは言え勝手に荷物を漁るのは悪いと思って放っておいたけど、それは大陸で術師が良く使う石だ」
「……なんだよそれ?」
「……うん、今はもう薄れているか」
握っていた手を開くとクロムは黒玉をつまみあげ、ジッと見つめてから窓の光にかざした。
「大陸では敵兵の位置や諜報の動きを知るために、この石に術を施して相手に持たせるんだ。微弱な気配を発してね、これが意外とたどれるんだよ。もっともキミのようにこんなに堂々と持ち歩かずに、荷物や車に忍ばせておくものだけれどね」
「だって、これは泉翔で持たされて……」
言いかけて、大陸に渡ってきてからずっと追われていたことを思い出した。
川岸でタイミング良くロマジェリカの軍師があらわれたのも、クロムの言うことが本当だとしたら辻褄が合う。
(――けど、なんでそんなものを婆さまが? しかも自分で渡しておきながら、サツキさまに渡せってのはどういうことだ?)
クロムはため息をつき、石を差し出してきた。
それを受け取り、かばんの内ポケットに突っ込んだ。
「もう術は切れかかっているし、ここは私の張った結界の中だから追ってはこられないけれど、ずっとなにを持っているのか気になっていたんだよ」
「守石だと思ってたのに、そんなもんだったなんて……こいつは持って帰る。そんで、なんだってこんなもんを持たされたのか聞かなきゃならねーな」
泉翔に戻ったら、修治に手を貸すという漠然とした目的があるだけだ。
なにをすればいいのかわからない状態より、やらなければいけないことができたのはありがたい。
「急にやる気が出てきたようだな」
そういってクロムは窓を開けた。
窓の外をツバメが横切る。
そのすぐあとにクロムの鳥が窓辺にとまり、小屋に入ってくると、奥の部屋に羽ばたいていった。
「式神はともかくとして、この辺りは意外と動物がいるんだな。良く飛んでるよな、ツバメ。砂埃もほとんど立ってないし、もしかして緑が多い?」
「そうだな、国境といってもここはジャセンベル領だからね」
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