第121話 回復 ~鴇汰 4~
(そう言えば穂高たち……あいつら……本当に今、どうしてるんだ?)
それぞれがうまく泉翔に戻ったのか、それとも鴇汰と同じで、なにかしら起きて大陸に足止めを喰らってしまっているのか……。
テーブルに突っ伏したまま、視線だけをクロムに向けた。
「なぁ、叔父貴の術で穂高たちを捜せねーかな? あいつがちゃんと、泉翔に戻ったのかがわかるだけでもいいんだけどさ」
洗い物を済ませたクロムは、小さなポットを手に向かい側に腰をおろした。
甘い香りのお茶を注いで鴇汰に差し出す。
起きあがってそれを受け取り、一口だけすすった。
「あいつ庸儀にいたんだよ。どの辺りなのかはわかんねーんだけど……」
「捜せないわけではないけれど、今は無理だ」
「なんでよ? ここに来てからずっと、あれも駄目、これも駄目、そんなんばっかじゃねーの。捜す方法があるのに出し惜しみかよ? 少しくらい俺の頼みも聞いてくれたっていいじゃんか!」
「無茶なことをいうものじゃないよ。私だって万能なわけじゃないんだ、力を使えば疲労もする。今から捜しに出るとなると、あさってにここを発つのは不可能になってしまう」
そう言われてハッとした。
戦士が交戦のあと体力を消耗するように、術師もそれを使うことで精神力や体力を消耗すると話しには聞いていた。
クロムも昔と違ってそれなりに歳を取っている。
疲労するのは当たり前のことだ。
そんなことも考えられないくらいに今の鴇汰にゆとりがないと気づいた。
困った顔を見せているクロムの顔を、まともに見られないくらいに恥ずかしい。
「そう……だよな……術を使うってそういうことだよな。ごめん、俺、今のは言い過ぎだった」
両手で顔を覆い、深くため息をつくと前髪を掻きあげてから頭をさげた。
「穂高くんは気のいい子だから鴇汰くんが心配するのはわかる。でも今は、泉翔に戻ってからのことをしっかりと考えなければならないよ。体のほうは、明日には確実に万全な状態に戻るから」
クロムの口調はどこまでも優しげで黙ったままうなずいて答えると、鬼灯を持って立ちあがった。
「じゃあ、俺、もう寝るわ」
「明日は支度もあるから、ゆっくり眠れるのは今のうちだけだ、早目に休んだほうがいい。昼前には起こしにいく」
「ああ」
部屋に戻り、ベッドに潜り込んだ。
横になって目を閉じると薄れていた眠気を強く感じる。
麻乃のことも穂高のことも気になって仕方がないのに、なにもできない自分がもどかしくてたまらない。
起きていてもろくなことを考えない。
それならばいっそ眠ってしまったほうが楽だ。
調理場から聞こえてくる包丁の単調なリズムと、金物の音が少しずつ遠ざかっていく。
(――真っ暗だ)
闇の中で立ち尽くしていた。
「だからあれほど頼んだというのに……」
背後で誰かがポツリとつぶやく。
振り返ると、しかめっ面をしたシタラが立っていた。
「……婆さま」
なにかを頼まれた覚えはない。
そう言おうとして、大陸に渡ってきた日に見た夢を思い出した。
あのとき、シタラはしきりに頭をさげていたんだ。
「戻ったらこれを、サツキに渡しなさい」
鴇汰の右手を取るとシタラはなにかを握らせてきた。
手のひらを開くと黒玉がある。
「サツキさまに? でもどうして……」
「渡せばわかることよ。動き始めた流れを止めるのは難しい……けれどほんの些細なことが、それを大きく変えてくれる」
そう言って立てた人差し指で鴇汰の胸の真ん中を突いた。
その指先から、ほんのりとした温かさが体の隅々までいき渡る感じがする。
「幸いにも、今は複数から良い流れが交わり始めている」
「良い流れって……こんな状況でいいもなにもないじゃ……」
「迷ったとき……そのときは己が思うままになさい」
シタラは鴇汰の目を見据えてそう言うと、視線を上に向けた。
つい、同じほうへ視線を移す。
膨らみ始めた月が青白い光を放っている。
いつか見たシタラの瞳の色を思い出した。
「そういえば前に婆さまは――」
振り返るともうそこには誰の姿もなく、ただ静かに暗闇が広がっているだけだ。
握った右手をもう一度開いてみる。
(黒玉か……そうだ……俺のもらった黒玉はどうしたんだ?)
クロムは荷物も拾えたと言っていた。
確か鞄の奥に突っ込んだままになっている。
(探さなきゃ!)
そう思って足を一歩踏み出した途端、ガクンと足もとの力が抜けてハッと目が覚めた。
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