第123話 回復 ~鴇汰 6~
「俺、ロマジェリカには十九年ぶりだけど、あんなになにもない土地になっているとは思わなかった」
あの国はねぇ……。
そうつぶやいてから、クロムは奥の部屋へいき、数分して戻ってくると向かい側に腰をおろした。
「大陸もこの十数年でいろいろと変わってきたよ。良くも悪くも、ね」
「たとえば?」
「ジャセンベルに緑が増えたのは知っているだろう? けれどヘイトのそれはもっとすばらしい。なにしろ意識も暮らしぶりも変わったからね、生き物も増えたし作物もずいぶんと育つようになっているんだよ」
「へぇ……あちこち移り住んでると、そういうのも良くわかるのか……」
「逆に庸儀とロマジェリカは……キミが見たとおりでひどいものだ」
テーブルに広げた荷物をかばんに詰め込むと、沈んだ声を出したクロムに目を向けた。
ロマジェリカで生まれて幼いころを過ごしたとはいえ、故郷と呼べる場所は泉翔だと思っている。
そんな鴇汰とは違って、ロマジェリカで長く暮らしていると慣れ親しんだ土地が枯れてゆくことに、寂しさを感じるのだろうか。
「それでもいずれは、少しずつ豊かになっていくと思っているよ」
「そうはいってもさ、せっせと泉翔に渡ってくるくらいだぜ? どこも大して変わりゃしねーよ」
「そうでもないさ。言っただろう? 昔とは意識が違う。近く大陸は大きく変わってくる……その前に泉翔を含めて大きな流れが起こることになるけれどね」
「意味深なことを言うじゃんか。なんか根拠でもあるわけ?」
「キミを泉翔に戻すにあたって少しばかり情報をね。五日後、ロマジェリカの同盟三国がほとんどの兵を引き連れて泉翔襲撃に出るようだよ。物資の準備に手こずっているようだから、二、三日の遅れは出るかもしれないがね」
その可能性はあると思ってはいた。
けれど改めて聞くと返す言葉が見つからない。
きっと相当な軍勢だろうし、五日後だなんて突然過ぎる。
それに恐らく……。
(いや、確実に、その中には麻乃がいる――)
修治が戻っているとすると、岱胡も一緒だろう。
二人が泉翔でどれだけの準備をしているのかがわからない。
仮に十分な準備がされていたとしても、いきなりそんな中に戻って、鴇汰にどこまで対応できるだろう?
「……叔父貴、明日の早朝じゃ駄目だ。遅すぎる。せめて今夜中……日付が変わる前に発てないか?」
「今夜中ねぇ……」
「だって向こうに着いたら襲撃を受けるまで良くて二日、悪けりゃ翌日になっちまうだろ? そんな短時間じゃなにもできねーよ」
クロムは顎を撫でながら考え込んでいる。
黙ったままで窓の外に視線を向けた姿からは、なぜか余裕を感じる。
気が急いて早く返事がほしいのに変にのんびりしているのは、また駄目だということだろうか。
「なぁ、やっぱり今夜中は無理?」
沈黙に耐え切れずに問いかけた。
「鴇汰くん……キミは私がどうやってここから泉翔に行くと言ったか、覚えているか?」
「どう、って式神を使うって言ってただろ」
「そう、少しばかり特殊でね。まぁ、それはいいとして、どのくらいで泉翔に着くと思う?」
そう問われて眉をひそめた。
ジャセンベルへはこれまでは五日もかかっていた。
ほかの国も二、三日はかかる。
今年はその半分で済んだとはいえ、ここからならやっぱり最低でも二日。
それも、船でなら、だ。
式神がどれだけのものかは知らないけれど、どう考えでも最低三日はかかるだろうと思う。
「早くて三日、遅ければ五日ってトコじゃねーの?」
上目遣いにクロムを見て、そう答える。
大袈裟に肩を落としてため息をついたクロムは、呆れた表情を隠さずに鴇汰を見つめた。
「あの薬は馬鹿にも効くかと思ったけれどそうでもないらしい」
「な……!」
「そんなに長い日数、寝ずに飛び続けるとでもいうのか?」
「だからそれは……どっか途中の小島とかで休憩を取るとか、そんなんじゃねーの?」
腕を組んで椅子の背もたれに寄りかかっていたクロムは、テーブルに肘をつくと人差し指を立てて「早ければ一日だよ」と言った。
「まずは腹ごしらえだ。それが済んだらすぐに支度をしなさい。少しだけ寝て暗くなったらここを発つことにしよう」
調理場に立つと、こちらを振り返りそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます