第99話 抑止 ~マドル 4~
真っ黒な瞳をマドルへ向けたジェは、なにを思っているのか不敵な笑みを浮かべた。
「まぁ、いいわ。泉翔侵攻も近い。あの女と私のどっちがより役に立つか、思い知らせてやろうじゃないの」
体を摺り寄せて耳もとでそう言うと、側近を従えて軍部へ向かっていった。
――最初のときからそうだった。
ジェはマドルを侮り過ぎている。
本当に偽物であることを気づかれていないと信じている。
本物を目の当たりにしていながら、なぜそう思えるのか。
それでも確かに今は、庸儀の兵をまとめるうえで役に立ってはいる。
(余計な真似さえしてくれなければ、今はこのままで構わないだろう)
ジェのあとを追って軍部へ向かい、軍将を集めると泉翔侵攻の際の細かな打ち合わせをした。
ロマジェリカ、庸儀、ヘイト軍から八割の兵士を泉翔の各浜へ割り振り、これまでにない大軍を抱え、船も一隻残らず使えるよう準備をさせた。
物資は三国から根こそぎ集めて船に積ませる予定だ。
ヘイトの軍将の何人かは、泉翔へ進出している際にジャセンベルに討たれてしまうのではないかと、難色を示した。
「その点は心配要りません。国境の主要ポイントには、残った兵を割り振っておきます。こちらがどれだけの軍勢を連れて泉翔へ出るのかは、ジャセンベルは知りようがありません。迂闊に攻撃を仕かけてくることはないでしょう」
「ですが万一ということもあります。ヘイトは二国よりも劣る……まずヘイトを狙ってこられたら、我が国はあっという間に落とされてしまいます」
小国であるがために悩みは尽きないのか、どうあっても退こうとしない。
ここでゴネられて時間を割くのは惜しいし残す兵を増やしたい、などと言われると厄介だ。
広げたヘイトの地図を前にため息をついた。
「わかりました。それではヘイトの国境沿いに重点を置いて割り振ることにしましょう。この二カ所を固めることで、ジャセンベルからの侵攻がされにくくなる……これでいかがですか?」
地図を見つめながら聞いていたヘイトの軍将たちは、まだどこか不安そうにしながらも、渋々と首を縦に振った。
「では、早速この配備の手配をしてください。それから泉翔への侵攻ですが、二週間後と考えていましたが一週間後とします」
「一週間後? それでは物資の準備が間に合うかどうか……」
「そこをなんとか間に合わせてください。なぜなら、ジャセンベルへ渡っていた泉翔の戦士を取り逃がしたからです。防衛を強固にされてしまう前に討って出なければなりません」
集まっていた各国の軍将たちがざわめく。
恐らくはまだ、準備を始めたばかりだろう。
一週間ですべてが整うとは到底思えないけれど、そこをどうにかしなければならない。
ヘイトの地図の上から、泉翔の地図を広げた。
「それから泉翔への上陸は三カ所から、南、北、西、それぞれが上陸する先はこれから割り振りを考えますが、そこから島の中心に位置するらしい城へと侵攻していきます」
「そう仰っても、我々はこれまで泉翔へ踏み入ったことはないのですよ? 堤防を越えてからどう動くべきか、手探りのままでうまくいくとも思えません」
「手探りじゃなければ問題はないんでしょ?」
そう言って割って入ったジェが、さらに上から泉翔の地図を広げた。
それは以前、ジェの部屋に忍び入ったときに見た地図と同じだ。
当時はその情報に目を見張ったものだ。
今では麻乃や神官の目を通して見てきたから、もっと細かに内部のことを知っているが。
「良くそんな細かな地図を手に入れることができましたね?」
ジェの顔を立ててそう言ってやると、気を良くしたのか各国の軍将に、浜から城までのルートを語り始めた。
恐らくはリュの受け売りだろう。
五年も経って泉翔の内部も少しばかり変わっているようだけれど進軍するだけであれば、ジェの持っている情報だけで事足りる。
「出航に関してですが、まず泉翔周辺にある小島の幾つかに一度停泊し、時間を合わせて三つの浜を一挙に攻めます」
「さすがに泉翔の兵士も、一斉に掛かれば防衛が立ちゆかないと、そういうことですか?」
「ええ、そしてまずは軍事施設を抑えてください。そのあと、それぞれに城へ向かって侵攻をお願いします」
「城を落としたあとはどうするんだい?」
「私たちのすることは、まずは制圧です。そのあとは、今はまだなんとも……」
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