第42話 ヘイト ~梁瀬 4~
「おまえたちに僕らを襲わせたうえで、この村から逃げるつもりだった。そうすれば、絶対に僕らを追ってくると思ったからね。けれどおまえたちは、村人にまで手を出した」
「だからどうした! おまえたちもこの村も、ここで終わるんだよ!」
「絶対に開けてはいけない扉を……開いたと思え。村人に手を出しさえしなければ戦う気はなかった。だけどもう遅い。僕をここまで怒らせたことを後悔しながら死んでいけ」
どうしようもなく抑えられない感情とは逆に、頭の中は変に冷静で、今、なにをすればいいのか考えなくてもわかる。
ただ、グッと杖を握り締めた。
「梁瀬! なにしてやがる! 早く手を貸せ……」
徳丸が叫ぶ。
その周りを囲うようにしている敵兵に振り向きざまに杖を思い切り振るった。
そのままの勢いで、建物の陰に潜む残りの敵兵に、杖を向け、鋭く振り抜いた。
「トクさん! さがって!」
「馬鹿が! やつらに術など効きやしない!」
梁瀬を嘲笑うようにそう言った側近を睨み据えた。
「次はおまえたちだ……」
杖を向けた敵兵の体に、一斉に火が点いた。
火の勢いは激しく、当然、印も焼けただれ、次々に崩れ落ちていく。
徳丸は倒れ込んできた火達磨の敵兵を薙ぎ倒して飛び退き、肩で息をしながら汗を拭っている。
無事であることを横目で確認してから、目の前の側近の男たちの額に、そっと杖先を当てた。
なにをされるのかとビクついていた敵兵は、それに拍子抜けしたのか、梁瀬に暴言を浴びせてきた。
「いつもなら、ここで退く。けれど、もう遅い」
表情を変えることもなくつぶやいた直後、敵兵の指先、つま先から炎がゆっくりと立ちのぼった。
驚いて叫び、助けを求める側近の男たちを無視して、徳丸のもとへ近づくと、梁瀬は傷ついたその体を払うように、ポンポンとたたいた。
「おい、おまえ……」
呆然としている徳丸の小さな傷が、すべて癒えた。
火を出したせいで、家屋がいくつか燃え上がってしまった。
「火を……消さなければ」
「あ……ああ、そうだな」
徳丸が消火の手伝いを頼みに、村人のもとへ駆け出したとき、曇天の空はついに雨粒を落とした。
雨はそのまま勢いを増し、建物の火はあっという間に消え、燻った煙だけが立ちのぼっている。
そのあいだも、敵兵に点いた火は収まることはなく燃え続け、やがてその姿を灰に変えて消えた。
まるでそれを待っていたかのように、雨は止み、雲間から光が射した。
ずぶ濡れのまま空を仰ぎ、大きくため息をついた梁瀬の肩を、徳丸がそっとたたいた。
「僕は……自分が抑えられなかった……ここまでしたくはなかったんだ……」
「わかっている。もうなにも言うな。ここは大丈夫だ。先を急ごう」
グッと肩に触れた手に力が籠った。
わずかな痛みに、さっき徳丸が巧と穂高が追われていると言ったことを思い出した。
徳丸とともに村人のもとへ行きき、こんな目に合わせてしまったことを心から詫びた。
ハンスの傷は深かったようだが、命に別条はなさそうだ。
何人かの術師たちが回復術で出血を止めている。
ほかの村人も、命を落とすほどの怪我は負っていない。
「大したことはない。家などまたすぐに建てられるんだから」
「この国に仇を成す庸儀の兵を退けてくれたのだ。頭をさげる必要などないのだよ」
明らかに梁瀬たちに非があるのに、村人たちは意に介する様子もなくそう言ってくれた。
「なにか事情があって先を急ぐのだろう? ここはもう大丈夫だから、おまえさんは早くお行き」
徳丸を先に車に向かわせ、もう一度、深く頭をさげた。
「本当に……こんな怪我をさせてしまって申し訳ありませんでした。それじゃあ、僕らはこれで……」
徳丸を追って駆け出した後ろから、ハンスに呼び止められて振り返る。
「ウィロー、おまえさん、今はなんと名乗っている?」
「……梁瀬です」
「そうか。では梁瀬。呼び石は必ず途中で捨てていきなさい。さっきの本の中に術に関するものがある。それをしっかりお読み。それから……必ずまた、おいで」
梁瀬と同じ色の瞳は優し気な色をたたえ、梁瀬を見つめていた。
うなずき、また頭をさげてから走る。
不覚にも涙が出そうになり、待っていた徳丸を急かして車を出させた。
感傷に浸って泣いている暇はない。
「トクさん、巧さんたちが追われてるってどういうことなのか、詳しく教えて」
庸儀に向かって走り出した道を真っすぐに見据え、そう問いかけた。
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