ヘイト

第36話 ヘイト ~徳丸 1~

 今回ほど梁瀬と一緒で心強いと思ったことはなかった。

 停泊場所から上陸ポイントまでの移動中、小船の先端に立った梁瀬は突然、上陸場所を変えようと言ってきた。


「なにを言ってるんだ? そんなことを急に……おかしなところで上陸しちまって、敵兵にでも遭遇したら……」


「このままポイントに行くと遭遇するけど。っていうより待ち構えてるよ」


「なんだって?」


 停泊場所から式神を送って確認したから、間違いはないと言う。

 それはともかく待ち構えてるっていうのは問題だ。

 ポイントが割れてるのだろうか……?


「車……使えないなぁ」


 梁瀬がポツリとつぶやいた。


「車より、まずどこから上陸するかを考えないとならねぇぞ」


「うん、それは僕が誘導するから大丈夫」


 その言葉通り、上陸した場所には人の気配もなく、船を隠すのに十分な岩場もあった。

 梁瀬の案内で近くの村へと向かおうと、足を踏み出したとき、一瞬、足もとから電気が走ったような感覚に包まれた。


 梁瀬も同じだったようで、イテッというつぶやきが聞こえた。

 海岸のすぐそばにあった村では、梁瀬のその外見のおかげで怪しまれることもなく、馬を二頭、調達できた。


 梁瀬は時折、難しい顔をしては、ルートを変えて移動を続ける。


「どうも追われているように感じるんだよね……僕らの居場所をわかっているみたいだ」


「敵兵か?」


「うん、といっても、ヘイトじゃなく庸儀の兵なんだよね」


「庸儀? まぁ、ヘイトとは同盟関係にあるからな、いてもおかしくはないだろうが……」


 一体、なんの式神を使っているのかはわからないが、やけにこと細かに情報を取ってくる。


「でもねぇ、五十人の部隊が、明らかに僕らを追ってくるのはどうしてだろう?」


「おまえがそうして情報を得ているように、あちらさんもなにか使ってきているんじゃないのか?」


「僕がそれに対して、なんの処理もしていないわけがないでしょ」


 梁瀬は少し気分を損ねたような顔つきで、徳丸を睨んでいる。

 そう言われるともっともだけれど、なにか腑に落ちない。


 車を使えず、ルートも変え続けていたため、半日で着くはずの奉納場所付近まで、丸一日かかってしまった。


 遅れているから急げとうながしても、梁瀬は素知らぬ顔で村へ立ち寄っては、年配の村民にいろいろと情報をもらっている。

 三度目あたりで、もうなにを言っても無駄だと悟り、梁瀬が調べものをしているあいだに、食事やテントの準備は全部、徳丸が負担した。


 奉納場所は修治に聞いていたとおり、こぢんまりとした森で、やはりそう大きくはない沼がある。

 もう昼に近い時間で天気もいいというのに、日が射し込まないせいか鬱蒼とした薄暗い雰囲気だ。


 それでも緑は多く茂り、水は澄んでいる。

 さっきは茂みの向こうにウサギを見つけ、たった今、沼に魚がいることにも気づいた。


 沼の畔の大木に寄り添うように、祠もひっそりと佇んでいた。

 寂れたようでありながらも、兄神さまの守の力は十分過ぎるほどに発揮されているようだ。


 周囲を清めているあいだ、時々、梁瀬に目を向けると、落ち込んだ様子で祠を磨いている。

 どうやら情報は取れているものの、ほしいものとは違っているらしい。


 祝詞をあげて奉納を済ませると、地図を広げて通ってきたルートと村に印をつけた。


「帰りはまだ通ってない村に寄っていきたいんだけど……いいかな?」


 呆れて大きなため息をつき、梁瀬を睨んだ。


「いいかな? ったって、駄目だと言っても寄るんだろうが?」


「まぁね」


 フフッと笑った梁瀬は、自分の中で組み立てたルートを指でたどって徳丸に説明してくる。


「僕、収集に力を入れてて食事の支度も全部任せちゃってるけど、帰ったら穴埋めはするからさ」


「まぁ、いいさ。その代り、周囲への注意だけは払ってくれよ? どうも俺は気配を探るのが苦手だからな」


「そっちはぬかりなくやるから、安心してよ」


 追われているらしいというのが、どうしても気になる。

 梁瀬がなにか対処しているのなら、それでもこちらの居所がわかってる様子なのはなぜなのだろう。


 原因がわからない以上、手の施しようもないけれど、ほかのやつらのほうはどうなっているのか……。

 そう思うと気が気でない。


 梁瀬にそれを訴えてみても、どうも自分のことに意識が集中しているせいか生返事ばかりだ。


(こいつを満足させるだけのものが見つからないかぎり、使いものにならないんじゃねぇのか?)


 思わずそんなことを考えてしまう。


「さて、と……ここも長居をすると敵兵が寄ってくるから、早めに発とうか」


 急かされて立ちあがると馬にまたがり、スピードをあげて走った。

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