第37話 ヘイト ~徳丸 2~

 帰路について最初の村に着いたのは、夕方、陽が落ち始めたころだった。

 村外れの人目に着かない場所にテントを張り、徳丸が食事の支度をしているあいだ、梁瀬はせっせと情報収集に勤しんでいる。


 気になって様子を見にいったとき、あまりにも自然に村人たちに溶け込んでいるのを見て閉口した。


 外見に加えて、その人当たりの良さも幸いしているのだろう。

 辺りがすっかり暗くなったころ、梁瀬は興奮気味に、顔を紅潮させて戻ってきた。


「どうした? なにがあった?」


「うん、ここにはなにもなかったんだけど、十五キロほど西へ行った村に、古い文献をいくつも保存している人がいるそうなんだ。明日はそこへ向う」


「そいつは凄いな。けど、いきなり訪ねていって、簡単に見せてもらえるのか?」


 フフン、と梁瀬は鼻を鳴らすと、得意気に一通の手紙を掲げてみせた。


「そのかたと親しくしている人に、紹介状をいただいた」


 なるほど、道理でこいつが興奮するわけだ。

 苦笑しながら用意した食事を出してやった。


「これ、食べたら今夜は休んで、夜明け前にはここを出よう」


「ああ。わかったよ。そこまでやったなら、最後までつき合うさ」


「実は、車も調達できたんだよ」


「本当か?」


「うん、だって僕はもうそろそろ、足腰とお尻に限界がくるよ」


「実は俺もだ」


 苦笑しながら梁瀬にそう答えた。

 食事を済ませると、梁瀬はあっという間に眠りに落ちたようだ。


 追手のことは心配ないと言うけれど、ずっと気にかけていたせいで眠りが浅く、二時間程度で目が覚めてしまった。

 梁瀬を起こさないように、テントから出た。

 空はたくさんの星が瞬いている。


(こんなところは、うちの国と変わらねぇか……庸儀に比べりゃあ緑も多い)


 この国なら、力を入れれば自給自足で十分に賄えるだろうし、資源も不足とまではいかないだろう。

 ほかの国と違って、この数年、泉翔侵攻にそれほど力を入れているように見えないのは、そのせいなのかもしれない。


(うちにとっちゃあ、ありがたいことだったんだが……)


 惜しむらくは四国で一番弱いところか。

 だからこそ、同盟などという名目で吸い上げられるだけの立場に陥ってるのだろう。


 一時は、庸義とロマジェリカに合わせるように、せっせと海を渡ってきやがった。

 徳丸の目からみても王が弱い気がする。

 頑として二国を退ける強さがあっても良さそうなものだが。

 兵力も決して弱いわけではないのだから、いいところまで渡り合えるだろうと思う。


(けどなぁ……そうなると、土地が荒れる可能性もあるか……)


 他人事とはいえ、つい考え込んでしまう。

 東の空が、ほんのわずかに色を変え始めた。

 明け方は、やはり肌寒い。


 テントに戻って朝食の準備でもしようかと、振り返った瞬間、入り口から梁瀬が顔を出していて驚いた。


「なんだ。起きてたのか?」


「トクさん、ここもそろそろまずそうだよ、支度をして発とう」


「またか? 一体、なんだっていうんだ……」


「まだ遠いけどね。近づかれても面倒だから」


 ため息をついて荷物をまとめ、早々に村を離れた。

 途中の河原で朝食をとり、これから向かう村までのルートを確認しながら、この先のことを話し合った。


「この村は庸儀に近いな。今、追ってきている奴らとかち合うことはねぇのか?」


「うん、それは大丈夫。でも、行きで時間がかかっちゃってるから、時間はかけられないよね?」


「おまえがそれをわかってるなら問題はねぇよ。できるだけ……早めに済ませてくれりゃあ、それでいいさ」


 上目遣いで徳丸の顔をのぞき込む梁瀬を見返し、咳払いをして早めにという言葉を強調した。


「向こうに着いてからいろいろと聞いて、文献を写させてもらえたら休まずにそのまま戻ろう。トクさんは僕が用を足しているあいだに休んでいてよ」


「俺にはありがたいが、おまえはそれで平気なのか?」


「うん、昨夜は深く眠れたから」


 荷物を担ぐと、車に乗り込んで徳丸を急かしてくる。

 ここへ来てから、梁瀬には急かされてばかりのような気がする。

 ちゃっかり運転席に収まってる梁瀬を無理やりに助手席へ移し、乗り込んでエンジンをかけた。


 午前中に目的の村へ到着し、人目につかない場所に車を止めて休息の準備をすると、梁瀬は荷物を背負って早々に出かけていった。


 窓を開け、後部席に横になって目を閉じる。

 晴れていた空はいつの間にか曇天だ。


 なかなか寝つけず、しばらくのあいだ、横になったり仰向けになったり、ゴソゴソと動いてはため息をついた。

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