第35話 庸儀 ~巧 5~

 穂高に言われたとおり、足を狙って斬った。

 致命傷を与えたのに、まだ動いている。

 足を利かなくさせたおかげで、動きだけは止められた。


(そういえば……シュウちゃんがロマジェリカ戦のときに倒した敵兵が起きあがってきたと報告していた。こいつらがそれか)


 どういうわけで死なないのかはわからないけれど、そういうやつらだとわかれば、感じた動揺が納まり、冷静になれる。


 かかってくる敵兵を相手に、また足を狙って斬りつけた瞬間に巧は殺気を感じてその場に屈んだ。


 すぐ後ろの木の幹に、矢が刺さった。

 斧を振りかざしてくる敵兵を避け、斬り倒してから周囲に視線を巡らせる。

 あとから登ってきた敵兵の中に、ボウガンを武器としている兵が見えた。


 その一人が穂高に狙いをつけている。

 穂高はそれに気づいていない。

 巧は穂高に向かって駆け出し、放たれた矢を弾き落とした。


「飛び道具がいる! 木を盾に避けるんだよ! ボウガンのやつらは私が引き受ける!」


「わかった!」


 足もとは水場のせいでぬかるんで滑りやすい。

 普段に比べると踏み込みが甘くなる。

 沼の深さもわからないから、うっかり踏み入るわけにもいかない。

 崖の高さもその谷底も確認していないから飛びおりることもできない。


(クソッ……八方ふさがりじゃないの。厄介な場所で、おかしなやつらを相手にしないとならないなんて)


 ボウガンを撃てないように、まずは腕を斬り落とした。

 悲鳴一つあげやしない。

 淡々と向かってくる姿にゾッとする。


(本当になんなのよ……暗示? 傀儡? だとしたら操っているやつはどこ?)


 今、この場には四十程度の兵がいる。

 その半分以上の動きは止めた。

 穂高は五十はいると言った。


(残りのやつらはどこに……?)


 武器にボウガンを持った敵は、あと二人だ。

 間合いを詰めて下から掬いあげ、腕を斬り落とした。

 その瞬間、乾いた音が辺りに響いた。


(しまった! 残りのやつらは銃だったのか!)


 岩場の陰に潜んだ敵が、銃を構えている。

 巧のほうに撃ち込まれた様子はない。


 ハッとして穂高を振り返った。

 咄嗟のことで避け切れなかったのか、太腿の辺りをおさえてひざまずいている。


「穂高!」


 敵兵に囲まれながらもなんとか応戦しているけれど、時間がかかるとまずいだろう。

 飛び道具のやつらをすべて片づけ、穂高をサポートしなければ。


 しかも、一刻も早く。


 残りの一人に斬りつけた。

 そのあいだにも銃声が何度も響いている。


 穂高のことは気になっても目を向けている暇があったら、一人でも多く倒さなければと、手近な敵兵を斬り倒した。

 岩場に向かって駆け出したとき、頭上で鳥の囀りと羽ばたく音が聞こえ、無意識に視線がその姿を探してとらえた。


(……若草色の鳥?)


 高田の厳しくも暖かい瞳を思い出す。


『そういえば、大陸には『若草色の鳥が幸運を運んでくる』という言い伝えがあるのをご存じですか?』


 鳥はこの沼地を旋回している。

 澄んださえずりが辺りに響き続けている。


(本当に幸運を運んでくれるんならありがたいけど……この状況で一体、なにが幸運だっていうの?)


 穂高に狙いをつけた敵兵が、隠れている岩に駆け登り、そのまま飛びおりると刀でうなじを突き刺した。

 腕を落とし、足を斬る。


 いつもなら突き倒したところで相手が絶命して終わる。

 一撃で終わらせられるはずが、今日は徹底して、さらにとどめを刺さなければならない。


 殺らなければ殺られてしまう以上、そうしなければならないのだけれど、ここまで相手を傷つけなければならない行為に、巧はやり切れない思いを抱く。


 気づくと鳥の囀りはやんでいた。

 羽ばたきは聞こえているから、近くを飛んでいることは確かだ。

 崖のほうから沼に向かって、少しずつ霧が流れてくる。


(霧……? こんなときに視界が遮られて、闇雲に向かってこられたら危険だわ!)


 敵兵を薙ぎ倒し、穂高のそばまで駆け戻った。


「怪我は?」


「太腿と肩口をやられた」


 だんだんと濃くなる霧に巻かれ、急に周辺が静かになった。

 近くの大木に身を寄せ、荷物からタオルを探り出すと、穂高の足をきつく縛った。

 羽音が聞こえて空を見上げると、若草色の鳥が頭上の枝にとまり、小さく囀っていた。

 敵兵のほうは、なぜか完全に動かなくなっているようだ。


「一体どうしたんだろう?」


「わからない……霧のせいで、傀儡が利かなくなったのかしら……?」


 そう話しているあいだにも霧は濃さを増し、隣の穂高さえ隠してしまいそうだ。沼地全体を覆い隠してすべての視界を奪っていった。

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