第34話 庸儀 ~巧 4~
数えると、薄手の本が全部で四冊、厚手の本が一冊だった。
「私たちが見たのは、過去にこの村で起きたことだったのかもしれないわね」
「でも、どうしてシタラさまが、それを俺たちに見せたんだろう?」
「それはわからないけれど、文献は手に入ったし、あの女が偽物だってこともハッキリしたし、十分過ぎる収穫だわ」
布で本を丁寧に包み、穂高はかばんにそれをしまった。
「せっかく距離を稼いだのに、ここで時間をつぶしたんじゃ意味がなくなっちゃうからね。早く発とう」
荷物を抱え、車に向かって歩き出したとき、巧はなにか大事なことを忘れている気がした。
どうしても思い出せないまま、エンジンをかけた。
庸儀の奉納場所は、山の麓に近いところへ落ちる滝のそばにあった。
山肌を削るように高い場所から、三段になって落ちる滝は、下から見ると壮観だ。
滝壺の縁に沿って落ちる滝の裏側に回る。
ちょうど真ん中あたりに広い洞窟があり、その奥へ進んだところに祠が見えた。
「こんな場所にあるなんて……でも、山は緑も多いし、水も奇麗ね」
「やっぱりこうじゃなきゃ、奉納する甲斐もないよ」
穂高はそう言って持ってきた泉の水で手を洗い、洞窟の中、祠の周りを囲うようにして酒で清めて塩を盛った。
そのあいだに巧も同じように手を洗い、祠を丁寧に磨き上げ、穀物と酒を供える。
二人並んで祝詞をあげ、奉納を済ませて一息つく。
「帰りにあちこち立ち寄ろうと思ったけれど、どうする?」
「そうねぇ……一応、文献は手に入ったわけだし、ほかに立ち寄っても、見つかる可能性もあるとはいえ、こればかりは行ってみないことにはわからないしねぇ」
「ざっと中に目を通しでも、俺には良くわからなくて。でも、これで十分のような気もするんだ」
「そう? 穂高がそう言うなら、立ち寄り先では休息だけにしましょうか?」
「これが、梁瀬さんのほしいものだといいんだけどね」
肩をすくめてそう言ったあと、穂高の表情が変わった。
「なによ……?」
言いかけて、人の気配がかなり近いところまできていることに気づいた。
「こんなに近づかれるまで気づかないなんて……ううん、急に湧いて出たみたいじゃない」
「どうする?」
「今、ここから出ればまだ見つからないはずよ。このまま滝の向こう側に出て、山の中腹あたりから回り込んで車に戻りましょう」
穂高を急かして荷物を担ぐと、洞窟を出た。
目視で確認できる位置に、人の姿はない。
とはいえ急いで離れなければ追いつかれる可能性もある。
滝の脇にある岩を登り、木々の間を抜けて山を登った。後ろで穂高が式神を飛ばしたのがわかった。
「あれは……巧さん、昨日のやつらだ。あんなに引き離したのに追いついてくるなんて……それに、明らかに俺たちを追ってきている」
「こっちの居場所がわかってるってこと? そんな馬鹿な……」
巧は足を速めた。
こんな所で追いつかれたら逃げ切れるとは思えない。
戦って退けることは可能かもしれないけれど、相手の武器にもよるだろう。
気ばかりが焦り、岩場を登りきったところで愕然とした。
目の前には、川と沼地が広がり、片側は崖だ。
沼の向こう岸は木々の少ない岩山になっている。
どうにか逃げたところで、あんな場所を登っていたら敵から丸見えだ。
「まずい……これはかなりまずいわよ」
「これはもう、覚悟を決めるしかないね」
穂高はそう言って背負った槍に手をかけている。
気配がさらに濃くなり、岩場から数人の敵兵が姿を見せた。
「……来た」
龍牙刀に手をかけた瞬間、敵兵は一斉に襲いかかってきた。
先に登ってきた数十人の敵兵は、全員が斧や剣を手にしている。
(これなら行ける。さっさと薙ぎ倒して突破して逃げる!)
穂高に目を向けると、巧と同じことを考えているのか、視線を合わせてうなずいた。
数人を斬り倒したところで、穂高が叫んだ。
「巧さん! こいつら……ヤバイ! 足だ! 足を狙うんだ!」
「……足?」
たった今斬り伏せた敵兵が、まるでなにも感じていないかのように立ちあがった。
「なによ……こいつら……」
さっき、胸を貫いた敵兵も、すっくと立ちあがり向かってくる。
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