第33話 庸儀 ~巧 3~
逃げ場はない。
シタラのほうへ視線を向けると、いつの間にかその姿がない。
突きかかってきた剣を避けようと、腰に手をやった瞬間、巧は丸腰であることに気づいた。
しかも衣服はジェと同じ真っ白な衣だ。
(なんなの? この格好は! 武器は……?)
なんの抵抗もできないまま、胸を一突きで貫かれた。
ゆっくりと倒れていく中で、ジェの笑い声が響いているのを、最後の瞬間まで聞いていた。
ハッと飛び起きると、巧はまず自分の体を確かめた。
貫かれた痕はない。
「……夢か」
ドアの隙間から陽の光が差し込んでいる。
腕時計に目をやると、もう六時を回っていた。
(寝過ごした……)
隣には穂高の姿はない。
嫌な汗をかいたせいで、体じゅうがじっとりとしている気がして、着替えをしたあと荷物をまとめて外へ出た。
昨日は暗くなってからたどり着いたため、村の雰囲気はわからなかったけれど、今、見渡した景色は夢の中と同じだ。
廃屋の一軒一軒、どこも壁が黒ずんでいる。
村の裏手に回ってみてドキリとした。
「穂高、あんた、こんなところにいたの?」
沼のほうを向いていた穂高が振り返った。
その手に数冊の本を持っている。
足もとには、夢の中で見たのと同じ赤い植物が群生していた。
「巧さん、もしかして嫌な夢を見ていた?」
「どうして?」
「うなされてたようだったんだけど……気になることがあって起こさなかったんだ。ごめん」
「そんなことは構わないわよ。それよりあんた、早くから起きていたの?」
「こっちも夢見が悪くてね」
穂高は肩をすくめて、苦笑いをしてみせた。
つられて巧も苦笑すると、その隣に並んで沼を見つめた。
「この草を摘もうとしたらね、シタラさまに止められてさ」
「巧さんも婆さまの夢を?」
「なによ? まさか穂高も?」
驚いた表情で声を上げた穂高に問いかけると、うんうん、と首を縦に振る。
周囲を眺めてみた。
人の気配が近づく様子はない。
穂高をうながし、先に朝食を済ませた。
その準備の合間に、巧の見た夢の内容を話して聞かせると、穂高は何度か問いかけを挟んできた。
それに答えながら、すべてを話し終えたとき、穂高はさっき持っていた本を手に取り、掲げてみせた。
「多分、俺はその続き……だと思う夢を見た」
そう言った。
「真っ暗な中で、なぜか月を探していたんだ。そこに婆さまが近づいてきて、しきりに俺に対して頼みごとをしてくるんだけど言葉が聞き取れなくてね。そうしたら、手を引かれて村外れに連れていかれた」
「言葉が聞き取れないって、声が小さくて、ってこと?」
「いや、声が聞こえないんだ。村の中は凄惨だったよ……村人、ほとんどが女性で、全員殺されていたんだ。それで建物の陰から沼を見ると、何人かの男が赤い草を摘み取って染料を作っていた。その中に、ホラ、あの庸儀の諜報の……」
名前を思い出そうとしているのか、天井を見つめて考え込んでいる。
「リュ、とかいうやつでしょ?」
「そう。そいつ。そいつもいた。沼の縁では、あの女が染料を使って髪を染めていたんだ」
「染めてた? そういえば、私の夢では黒髪だからおかしいと思ったけど、あれは自然じゃなくて染めてただけだったのね?」
「そうらしいね。それから、婆さまに連れられて村の奥にある小さな家に行った。中はひどく荒らされていて、その家の人かな? 女性が一人、殺されていた」
ズキンと巧の胸が痛む。
それはきっと、さっきの自分だ。
その女性の目を通して、夢で過去を体験していたんだろう。
「婆さまはずっとなにかを言っているんだけど、本当に何も聞こえなくてね。窓の戸袋を指差すから、中をのぞき込んだらなにかが見えた。そこで目が覚めたんだ。そのときに巧さんがうなされてることに気づいたんだけど、どうしても戸袋の中が気になって」
「行ってみたの?」
穂高はうなずいて本を掲げた。
「中を調べたら、こいつが出てきた。中身は古い文献だったよ」
「やったじゃないの。正直、そんなものは見つからないと思っていたわ」
「俺もそう思っていた。でも良かったよ、あとは無事に奉納を済ませて、一日も早く戻るだけだね」
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