第21話 追走 ~マドル 4~
『よろしければ北にいる上田と笠原のぶんもおあずかりしますけれど……』
巧は続けてそう申し出てくる。
マドル……いや、今はこの老婆を北区、南区へ近づけさせたくないように感じた。
(もしやどちらかに麻乃がいる……?)
「笠原には西で会うた。時間はかかるが北へも南へも足を運ぼうと思う」
『そうですか……』
そう答えた巧は、残念そうな表情だ。
なにかが引っかかる。
すぐさま確認をしたくて車に乗り込むと、まずは北区へと向かわせた。
ところが、これも空振りだった。
『麻乃ですか? 西区に常任になって以来、会議以外では顔を合わせませんし、ここへも姿は見せませんが……?』
出てきた穂高に黒玉を手渡し、麻乃のことを問いかけてみても、巧と同様の答えしか得られない。
その様子も本当になにも知らないようで、嘘をついては見えない。
半日以上かけて未だ見つからないことに、マドルは焦りとジレンマを感じ、最後に南区へ向かった。
(もしも南区にまでいないとなったら、一体どこへ……)
車の中で、シートにもたれて窓の外へ目を向けた瞬間、不意に麻乃の気配が流れ込んできた。
(――いる! これから向かう南区?)
焦り、運転を急かして南区へ入った。
車をおり、蓮華のものを呼び出しているあいだ、マドルは慎重に気配を探った。
(違う。ここではない……遠い……やはり西区?)
出てきた徳丸と修治に黒玉を手渡し、念のために麻乃のことを問いかけてみたけれど、返答はやはり同じだ。
いないとわかった以上、長居は無用だ。
早々に引き揚げ、帰りの車では少し休むと告げ、老婆から麻乃に意識を飛ばした。
目に入った景色はどこかの農場で、どうやら三頭の獣を仕留めたらしく、農夫からお礼を言われている。
その獣を、数人の部下が担ぎ上げて道場に戻ると、全員で調理を始めた。
(西区にいたのか……? なぜ、その存在が感じられなかったのだろう。それに道場で聞いた中央にいると言った言葉は?)
中央、東と移動して西区に戻ってきたところだったのだろうか?
移動を続けていたために見えなかったのだろうか……?
急速にマドルの中に、疑問がいくつも湧いてきた。
短期間のうちにこれまでにはなかったことや、麻乃の様子が変わったことで、周囲もなにかおかしいと気取ったのかもしれない。
そうなるとこれ以上、行動を起こさせようとするのは、本当に危険だ。
大陸へ渡ってくるまでには、たったの五日。ここで焦ってなにかをする必要はないだろう。
(麻乃には今日を限りに繋ぎをつけずに、残りは老婆で様子をみることにしよう)
道場では稽古にきていた子どもたちも、それぞれの家に帰り、一室で五十人以上のものが夕飯を食べ始めた。
この国での食事は、大陸では考えられないほどに豊富だ。
今日も十分過ぎる食料が目前に広がっている。
泉翔では『餓える』などという感覚は、きっと無縁のものだろう。
かつては同じ大陸の一部でありながら、大昔にその地から離れたからといって、なぜこの国ばかりがこんなにも恵まれているのか。
神々が存在するというのなら、なぜこの島ばかりが……。
記録にさえ残っていないほど古い時代に起こった人の過ちのために、なぜ、今を生きているマドルにしわ寄せがくるのか。
その理不尽さが、どうしても許せない。
だからこそ、こんな様子を見ると、普段は平静でいられても、いいようのない憤りが湧いてくる。
そして再度、自分の成すべきことを意識する。
(そのためにも、麻乃にはせいぜい役に立っていただかなければ)
不意に麻乃が立ちあがった。
まだろくに食事も済ませていないのに……。
調理場に置いてあった大きなカバンを手にすると、馬をひいて詰所へ戻ってきた。
心なしか、感情が浮き立っている。
これからなにか、面白いことでもあるのだろうか?
入り口で鴇汰と鉢合わせた。
(また……この男か……)
麻乃がなにかを言うと、鴇汰は酷く憤った様子で麻乃を怒鳴りつけた。
麻乃の驚きが、直に伝わってくる。
鴇汰がなにに対して怒っているのかマドルにはまったく興味はないけれど、引き離すためのこれが最後のチャンスかもしれない。
麻乃の気持ちが沈んだところでほくそ笑みつつマドル自身の意識を前面に出そうとした。
それが、麻乃の意識が強過ぎて、ぐいと押し込まれてしまう。
これまでマドルが抑え込まれることなどなったのに。
『ごめん……そうだよね、連絡ぐらい入れられたのに。あたし、考えもしなくて……早く帰ってこようとは思ったんだけど、ホントにごめん』
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