第20話 追走 ~マドル 3~
「仕方がありませんね……これから我が国もいろいろと動き始める。そうなれば、あなたがたにも別の方向で動いていただくようになります。しばらくは休息を取り、控えていてくたさい」
「ありがとうございます」
諜報たちが出ていってから、廊下に控えている女官に、当分誰も通さないよう伝えると、マドルはベッドへ横になった。
当面はなるべく動かずに、体を整えておかなければ……。
最近の消耗は激し過ぎた。
高い天井を見つめ、これまでの動きを反芻しながら、ゆっくりと目を閉じた。
本当なら麻乃へ意識を移し、もう一度、蓮華のものたちから離れさせたいと思っていた。
けれど、派手に動いて怪しまれ、大陸へ渡ってこなくなってしまっては本末転倒だ。
仕方なしに、神官の老婆へ常に繋がりを保ち続けた。
時折、麻乃に入り込んでも、鴇汰が近づくことでなぜか弾かれてしまう。
初めてそうなったときのように、こちらが意識を失うほどではなくなったけれど、そのせいで受ける疲労がほかの場合と違って大きい。
できるだけ鴇汰を遠ざけたくて、あれこれと画策したにも関わらず、どうしてもうまくいかない。
最近では、麻乃の存在自体、泉翔内に感じ取れないことがある。
疲労のせいで、マドルの力が弱まったのかとも思ったけれど、それ以外の繋ぎはすべて思い通りにいく。
老婆でさえ動かせるのになぜなのかと疑問に思う。
場所が悪いのかほかに原因があるのか泉翔という国は、マドル自身が足を踏み入れられないだけにわからないことが多過ぎる。
大陸へ渡ってきたときにも、もしも存在を感じることができなかったら探し出せないうちに戻られてしまうかもしれない。
常に位置を把握できるように老婆を使い、泉翔で重宝されている石に似せて、細工をした。
おおよその位置がわかるように、術を施し、大陸へ足を踏み入れたと同時に、微弱な気配を漂わせるようにしてある。
この大陸では主に敵の持ちものに忍ばせておく呼び石とよばれるものだ。
(それさえあれば麻乃だけに限らず、ほかの戦士たちの位置も特定し、こちらの行動も起こしやすいというもの……)
それぞれにそれを持たせるために、マドルは老婆を動かして直接出向いた。
ところがいるはずの場所に麻乃の気配が感じ取れない。
麻乃の姿が見えないことを問う。
『あ……藤川は道場のお嬢さんの具合が悪いそうで、外出をしています』
出てきた蓮華の一人である梁瀬が答えた。
道場は確か同じ地域にあるから、その範囲にいればわからないわけがない。
推し量るように周囲を見たとき、鴇汰が観察するような目を向けてきているのに気づいた。
(勘ぐられても、今は面倒なだけだ……今は退いて、道場へ向かってみるか……)
道場のほうでも麻乃の気配を感じない。
麻乃の部下が大勢いて、訝しげにこちらを見ている。
出てきた師範の話しだと、急用があって中央へ戻っているそうだ。
そうだとしても、大陸とは比でもないこの小さな島で、その存在が感じられないことは、やはりおかしい。
あとを追うように中央へと戻ると、巧のもとへ向かい、同じように麻乃の居所をたずねてみる。
『麻乃……ですか? 常任になって以来、ずっと西に詰めているはずですが?』
ここに戻っているらしいことをほのめかしてみると、少し考えるように顔を背けた。
『私は昨日から自宅へ戻っておりました。ここへ戻ってきたのはついさっきなので、顔を合わせていません。はっきりとは言いきれませんが、もしかすると、東の地区別演習へ行っているのかもしれません』
そう言った。
「東……?」
以前、麻乃の視線で東区は目にしたことがある。
ほかの地区のように、上陸のできるような浜はなく、これまでの侵攻でもこの方角から攻め入ったことはない。
ゆえに、戦士たちが控えるような施設も用意されていない。
『ええ、あちらには麻乃の道場からも参加がありますし、ほとんどの師範の方々も向こうへいっております』
なにか隠しているのではないかと、巧の表情をじっくりと見ても、おかしなところは見当たらない。
(一体どうして……こんなにも長い時間、存在を感じ取れないとは……どうあっても麻乃の姿を確認しておきたいが、東区では行きようがない……)
『私はこれから豊穣の件で南詰所へ向かいますが、野本と安部のぶんをおあずかりしていきましょうか?』
その言葉にハッとして、マドルは顔を上げた。
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