第19話 追走 ~マドル 2~
ここ数日、ずっと老婆のほうへかりきりになっていたせいで、麻乃の周囲を見落としていた。
逆にそれが功を成したのか、麻乃のもともとの気質がうまく作用して、暗示はマドルの想像以上に効果を出したらしい。
まずは一番邪魔な修治を遠ざけた。
そして親しくしていた道場や街のものからも、必要以上に距離を取り始めている。
軍部の会議室へ続く廊下の片隅で様子をうかがっていると、麻乃は蓮華たちへ捨てぜりふを吐いて飛び出していった。
修治と同じように邪魔だと感じていた鴇汰とも、これで完全に決裂したようだ。
(あとはただ待つのみ……か)
マドルは確かにそう感じて大陸での準備を進めていた。
そのはずだった。
(――まったく、どうしてもうまくいかない)
いつの間に出ていったのか、ジェが独断で泉翔へ手を出した。
そのおかげで、一度はうまく引き離せたと思っていたのに、麻乃と周囲の距離がまた縮まってしまった。
迷わせて不安定なまま大陸に足を踏み入れさせ、あとは崖っぷちに立たせて軽く背を押せば、簡単に堕とすことができたのに……。
もう一息で、そこまで確かにたどり着いたはずなのに……。
今度ばかりはジェに対して厳しい目を向けたせいか、このところは大人しい。
それにどうやら泉翔でほかに興味を惹かれたものがあったようだ。
マドル一人を目がけてやってこられるよりは、煩わしさが減るのは助かるが。
ここへ来るまでいろいろなことがあった。
その一つが泉翔の老婆だ。
さすがに巫女であったせいか、簡単に繋げたのは初めのうちだけで、何度か繰り返しているうちに激しい抵抗に遭った。
閉ざされようとした意識を無理やりにこじ開けたせいで、不測の事態が起きてしまい、そのために必要以上の労力と時間を割かれた。
マドルの力をもってすれば、それは難しいことではなかったけれど、実に長かった。
(けれどそれも、あと数日で終わる……)
ノックが聞こえ、返事をすると、側近が部屋へ入ってきた。
「どうかしましたか?」
「はい、庸儀へ出かけている使者から連絡が入りました」
「そうですか、で……皇帝はなんと?」
「こちらへ戻り次第、ジャセンベルへ使者を送るとのことです。条件が飲まれなかった際には、ヘイト、庸儀ともに国境付近を一気に攻め落とすと」
思い通りだ。
この数週間、皇帝にジャセンベルを抱き込むことを提案し続けた。
最もほかの二国と違って、ジャセンベルが首を縦に振るとは思っていないし、そこでこちらに乗ってこられても困る。
けれど絶対にそれが成されることはないと、マドルは確信していた。
「わかりました。では、こちらもジャセンベルとの国境付近の守りを固めいつでも対応ができるようにしておいてください」
「はっ……」
側近が出ていったあと、マドルは込み上げる笑いを抑えきれずに含み笑いを漏らした。
今、ジャセンベルが泉翔に撃って出るようなことがあっては面倒だ。
国境沿いで小競り合いを続けさせることで、その足を止めておきたい。
そのあいだに、ヘイトと庸儀へこっそりと足を運び、マドルの役に立ちそうな屈強な戦士を数人、暗示にかける。
ロマジェリカでは、マドルに忠誠心を持った戦士を集め、来るべき日のための準備をさせた。
少しずつではありながらも、確実に準備が整っていくことで、疲れを忘れていられた。
また、ノックが聞こえ、入ってきたのは諜報のものだった。
ヘイトと庸儀の残党の始末を任せておいたジェが、なかなか、やつらを見つけ出せないままでいたため、こちらからも手を尽くして探させていた。
あれ以来、まったく足取りはつかめず、なにか仕かけてくる様子もない。
サムという男が、なにもしないまま引きさがるとは思えないのだけれど……。
「総員でヘイト、庸儀を隈なくさらったのですが、どうしても見つかりません」
「あるいはジャセンベルの領土へ入り込んだかとも考えましたが、集団では目立ちますゆえ、もしもそうであれば必ずジャセンベルの目に止まるでしょう」
「こちらには、各国の詳細な土地勘はありませんが、あれ以来ずっと探し続けて見つからないとなると、既に果てているのかもしれません」
諜報の報告に、確かにそう言った可能性もあるのではないか?
とも思った。
処刑をされる気はないが、今のヘイトや庸儀に仕える気もない、けれどどこにも行く当てがないとしたら、あるいは自らの命を絶つ決断をする可能性もあるだろう。
会談の際に、最後に王へ向けたサムの言葉は、国に対しての忠誠心の強さを物語っていた。
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