第15話 同調 ~マドル 6~

 これでまた当分はジェを遠ざけておける。

 サムがこちらの動きに勘づいて逃亡したとしても、相手が自分に恥を掻かせた男であるだけに、ジェは徹底的に探すだろう。


 案の定、サムはジェの動きを察したようで、軍の兵士を半数以上も引き連れて、姿を隠してしまった。

 既に国外に出たのか、なかなか見つからないようだ。

 この広い大陸の中から探し出すのは容易ではないだろう。


 庸儀の術師が数人がかりで、王やサムに関わりのあるものに術をかけ、その居所を割り出そうと試みたらしいが、どこからも情報は引き出せなかった。


(まぁ、なにをしようとしたところで、三国を相手にことを起こせるほどの力はないだろう)


 あとのことは、すべてジェに任せた。

 部屋に入ると椅子に腰をかけ、体をもたれて当たり前のようにアサノへ意識を移す。

 途端に、胸が締めつけられるような感情が流れ込んできた。

 思いもかけず、マドルの目に涙がにじんだ。


(なにがあったのか……こちらがなにもしなくても弱ってくれるのはありがたい)


 これまで丸腰だったのに、今日は武器を持っていた。

 年配の男がそれを手に取り、なにか指示をしているようだ。


 二本の刀の内、一本は奇妙に気持ちを惹かれる。

 もう一本のほうは嫌な感じだ。できるなら触れたくない。


 その思いに反応したかのように、これまでよりも強く左腕が痛んだ。

 建物を出て走り出したアサノは、不安な思いを抱いている。

  

(それにしても腕の痛みがひどい)


 マドルも痛みに腕を抑えた。

 アサノは部屋に入った途端、苦痛のせいか卓上のものを払い落とし、水道の蛇口をひねると左腕を浸けた。


 それでも引かない痛みに、そばにあるものを次々にたたき落とした。

 痛みへの苛立ちと恐怖が手に取るようにわかる。


 痛みが最高潮に達した瞬間、アサノの意識が薄れ、床にうずくまった。

 膝に触れた床の感触がマドルにも伝わってきた。


(繋がった――)


 ついに完全に同調した。

 呼吸が荒いまま、マドルは体を起こしてみる。

 ひどく重く感じ、動き辛さはあるもののアサノの体はしっかり立ちあがった。


(――痛い)


 アサノの意識はそれしか考えていないようだ。

 そのお陰で、まずはマドルの意識が前面に出ていられる。


(とりあえずは寝室へ行き、ベッドに横になってみるか。馴染んでくれば痛みも治まるかもしれない)


 暗くなった部屋をヨロヨロと移動し、ベッドに倒れ込んだ。

 多少の不安はあるけれど、マドルの思うとおりに動かせている。

 体に触れるさまざまな感触もちゃんと伝わってきた。


 もっといろいろと試してみたくても、痛みが強すぎてマドル自身も意識を集中するだけで手一杯だ。


 不意にノックが聞こえた。

 誰かが来たようだ。


 やり過ごそうと息を潜めていると、さっきの部屋でなにかが落ちた。

 その音のせいで外にいた誰かが中へ入ってきたようだ。


(こんなときに……)


 焦りを感じたせいで気が緩んだのか、アサノの意識が前面に出てしまい、苦痛にうめいた。

 部屋のドアが開く。

 入ってきたのは大柄の男だった。


 アサノはその男をトキタと呼んだ。

 痛みに耐えようとしている姿を心配したのか、触れようと伸ばしてきた手を拒絶してアサノが叫ぶ。


「触らないで!」


 トキタの手が止まり、心配そうに問いかけてくる。

 それに答えると、トキタは一度部屋を出ていき、薬を手に戻ってきた。

 それを飲み、アサノはまた横になった。

 ジッと様子をうかがっていたマドル意識が不意にぶれた。


 薬のせいだろうか……?


 トキタはベッドのはしに腰をかけ、アサノの様子を心配そうに見つめている。

 その姿に苛立つ。


(邪魔な男だ)


 痛みが少しずつ弱まり始めた。

 アサノの手がトキタの手首を握り、『シュウジには黙ってて』と言った。

 それに答えるかのように、トキタがアサノの手を握り返した瞬間、ぐらりと目眩がした。


 前にもこんな感覚があった気がする。


 アサノの意識が徐々に弱まっていき、眠りに落ちそうだ。

 そうなればこの男も帰るだろう。

 そのあとに、ゆっくり体を動かしてみればいい。


 トキタの手が、アサノの頬に触れた。

 その瞬間、殴られたように頭の芯に痛みが走り、マドルの体は椅子から崩れ落ちた。

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