第16話 同調 ~マドル 7~
どのくらいそうしていたのか、床石の冷たいさを頬に感じ、マドルは目を覚ました。
なにが起きたのか良くわからなかったけれど、意識が弾かれたのは覚えている。
回復はしっかりしたから、疲労や消耗で倒れたとは思えない。
「あのトキタとかいう男、何者なのか……」
シュウジという男とは良く一緒にいるようだけれど、トキタとやらは自宅にまで訪ねてくるほどに親しいのだろうか。
周囲に人が多過ぎる。
寄りかかれる存在が多いと追い詰めても逃げ場ができてしまう。
それに、完全に同調はできたとしても、どうやって泉翔から引き離し、大陸へ連れ出すか――。
一度、アサノから離れ、今度は老婆を動かして国内を探った。
どこまでも緑が多く豊かな島だ。
二カ月ほど先には収穫祭もあるらしい。
物資だけでなく食糧も豊富だということか。
時折、気配を殺してアサノの様子を見にいった。
戦場に出ていなかったのは、先だってロマジェリカが侵攻した際に部隊が崩壊していたからだった。
今は、新たな部隊を組んで訓練をしているようだ。
一人で多数を相手に立ち回っている姿が見えた。
やはり動きが良い。
あっという間に打ち倒すと、その場を離れて川原に出た。張り詰めていた気配が緩み、くつろいでいる様子だ。
(もっと動いているところを見てみたい。今度はその目線で――)
立ちあがりかけたアサノが、突然こちらを振り返った。
マドルの気配に気づいたのか、周囲を見回している。
今、見つかっても面倒だ。
マドルはその場から離れた。
森の奥から獣の気配を感じ、たどっていくと大きな獣が数種類、確認できた。
(これを使って立ち回らせてみるか……)
フェンスの一部を破り、獣が入り込みやすいように仕かけをしてから、森を離れた。
情報は面白いほど簡単に集まる。
収穫祭のころに、士官クラスの八人が大陸にやってくることもわった。
その中にアサノもいる。
わざわざ連れ出さなくても、向こうから出向いてくれるとは。
そのときに備え、迎えるための準備も進めておく必要がある。
数日後、また老婆の体を使ってアサノの様子を見にいった。
相変わらずしなやかな動きで森を駆け巡り、戦士たちを相手にしている。
その目前に、先日見かけた中でも一番大きな獣を誘導した。
目の前に突然現れた獣に驚き、混乱した様子を見せたアサノに意識を繋げた。
臆することなく立ち向かっていくのは、見事なものだ。
大した武器も持っていないのに、部下が逃げるまでしっかりと足止めをしている。
アサノの視点でみる獣は、アサノ自身が小柄なせいか、異様に大きく見えた。
閃光弾があがり、辺りが光に包まれた。
アサノの一瞬の隙をついた獣に背中を引き裂かれ、鋭い痛みが走る。
あいだに入った二人の戦士に危険が迫った瞬間、アサノの様子が変わった。
鼓動が速くなり、全身の血が沸き立つような、ざわついた感覚がマドルにも伝わってきた。
(来る――)
アサノが覚醒を意識した。
今はまだ早い。
もっと追いつめたところで覚醒させなければ、思うような力を発揮させることができない。
「まだ、早いでしょう?」
ぽつりとつぶやいたマドルの言葉がアサノに届いた。
覚醒は阻止できたようだけれど、代わりに大きな傷を負わせてしまった。
たくさんの血が流れ、精神的にも肉体的にもかなりのダメージを負ってしまった。
体を傷つけたのは失敗だったかもしれない。
怪我のせいで大陸に渡れないことにでもなったら、マドルは別の手を考えなければならない。
島から連れ出すのは恐らく難しいだろう。
そういえば、以前かけた暗示の効果はどれほどなのだろうか。
マドルの使う回復術は、自身で使うとかなりの効果があらわれる。
命に関わらない傷ならば、数秒、長くても数分で跡も残さず治癒できる。
術がかかりやすくなっていれば、回復術が効くはずだ。
どうせなら気づかれないように治すのではなく、誰かが干渉しているんだと気づかせたい。
覚醒を妨げたときの言葉で、誰かが近くにいるかも知れないと感じているようだから、ちょうどいい。
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