第12話 同調 ~マドル 3~

「ところで最近、ロマジェリカのご従者は、ひどく泉翔にご執心されているようですね」


 皇帝たちは、なんのことだかわからないといった様子で、ポカンとしている。

 ジェの鋭い視線がマドルへ向いた。


「さて……あの国へは、この大陸のどの国も執心しているとみていますが?」


 マドルのまぶたがかすかに引きつる。

 それに気づいた男は小声で笑った。


「確かにそうですねぇ、しかし私がもとへ入ってきた情報では、やけに詳細な情報を集めているとか。先だっては一万もの兵を従えて、なにやら捕らえようとされた――」


「我が国は、他国が動いたと知って黙って見過ごす国ではないのですよ。ジャセンベルごときにあの国を奪われてはたまりませんから」


 男の言葉をさえぎる。

 ジェの顔がさらにきつくなった。


(それにしても、この男……どこでそれを知ったのか……)


 詳細を調べられていることは間違いないけれど、マドルの周辺から情報が漏れたとは思いがたい。


 ハッと男の目を見すえた。


 ヘイトでは式神を使う術師が多い。

 その扱いに長けているものもいると聞いたことがある。


(さては式神……? なにか術を使われたのか……)


 厄介なことをしてくれた。

 一番、隠しておきたかったジェに知られることになろうとは――。


 なだめて言いくるめるのはマドルにとってたやくても、その時間が惜しい。

 しかも面倒だ。


「我が国には自国のために使う以外、物資に余裕などありはしません。同盟なんぞ組んだら、我が国のすべてが吸いあげられて枯渇してしまう」


「ご心配には及びません。先だっての泉翔侵攻は、少々特別でしたので。今後はまず、ジャセンベル侵攻を主にしていきます。それほどまで物資を必要とはしないでしょう」


「でしたら、わざわざ我が国と同盟を結ぶまでもないでしょうねぇ。お二国で十分にジャセンベルと渡り合ってゆけるかと思いますが」


 皇帝と庸儀の王の顔が強張り、それを見たヘイトの王はさらに萎縮した。


「そう言わずに、もっと頭を柔軟に考えたらどうなんだい? うちと同じで領土を削られる一方なら、手を結んでうまくやっていくのが得策じゃないか」


 ジェは頬づえをついていた手を首に回し、長い髪をゆっくりと背中へ払うと、赤い唇を吊り上げて微笑した。

 こういうときのジェは、髪の色も相まって普段以上に艶めかしく見える。

 ヘイトの男の眼には、どう映っているのやら……。


「面倒なことや困ったことがあるなら、私があんたに直接教えてあげてもいいのよ?」


 絡み捕るような視線を男に向けている。

 男も同じように頬づえをついてジェの目を見つめると、ニヤリと笑った。


「生憎ですが、私は見せかけだけで中身のない女は嫌いでしてね。ついでに言うなら、染め粉の臭いも体が受けつけないんですよ」


(――この男)


 一体、どこまで知っているのか。


 今の言葉には、さすがに庸儀の王も顔色が変わった。

 ジェに至っては、今にも斬りかかりそうな表情だ。

 しれっとした顔で、庸儀の王をやり込めていく男の姿を、マドルは目を細めて見つめた。


(さっきの物言いといい、自国の城の中とはいえ、仮にも国を治める王を目の前にして物怖じしないところ……なかなかどうして、肝の据わった男のようだ)


 同じ術師だからなのか、もともとの気質なのか、マドルは自分に似た匂いを感じていた。

 あれやこれやと、言いがかりをつけてくるところを見ると、男は同盟に反対らしい。


 それはそうだろう。

 こんな話しは、マドルでも反対するに決まっている。


 けれど、ここで引きさがるわけにはいかない。

 せいぜい良い盾になってもらわねば。


 どう言ったものかと考えているうちに、怒りが頂点に達した庸儀の王が勢い良く立ちあがり、腰に差した剣に手をかけた。


「お待ちくだされ!」


 あわてて割って入ったヘイトの王が、オドオドしながらも立ちあがると、庸儀の王を制し、男に向かって小さく言った。


「サム、おまえはもうよいから、さがっていなさい」


「陛下! しかしお一人では……」


「もうよい! さがりなさい!」


「陛下、まさかこのような条件で調印なされるおつもりじゃあないでしょうね?」


 男が押し殺した声でつぶやくと同時に、ヘイトの王は部屋の外に控えていた従者を呼び、男を連れ出させた。

 静まり返った広間の中で、皇帝がもう一度、同盟の意思をたずねる。


「私は、国民と我が軍のものたちの安泰を願うだけです。それさえ約束していただけるなら……」


 ヘイトの王は思い詰め、青ざめた顔をキッとあげて、一言だけつぶやいた。

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