第11話 同調 ~マドル 2~

 本当はそんなことに時間を割きたくはない。

 といって同席しないと細かな状況がマドルには把握できなくなり、なにかあったときに適切な判断がくだせなくなる。


 ふと、ジェのほうへ視線を移すと、意味ありげな、傲慢な笑みを浮かべている。

 面倒なことを、このタイミングで持ち込んできたジェに、苛立ちを感じた。

 気分が優れないと断り、マドルは早々に大広間を出ると、自室に戻った。


「マドルさま、どうされましたか?」


 苛立った感情が顔にあらわれていたようで、側近の一人がたずねてきた。


「いえ、なんでもありません。私は少しばかり休むので、ヘイトとの会談の日までは誰も部屋へよこさないでください」


「わかりました」


「例え、皇帝のお呼びがあっても、です。外出をしているとでも伝えてください。先ほどのようなことがあっても煩わしいだけですから」


 そう言い含めて部屋に入り、すべての扉に鍵をかけると、再度、泉翔へ意識を向けた。


 さっき繋ぎをつけたのは一人の老婆で、神官のような立場のものらしい。

 思ったよりもあっさりと同調できた。

 いつでも利用できるだろう。


 問題は鬼神のほうで、なかなかつかめない。

 何度か繰り返しているうちに、ようやく影が見え始めた。

 満月が目に入ったのと同時に、印をつけたのと同じ左腕に軽い痺れを感じた。


 感じた痛みに同調しているようで、影絵のように黒い姿も左腕を押さえている。

 意識が合わないせいだろうか。

 いつもは相手の視点で周囲が見えるのに、今は数メートル離れて眺めている感覚だ。


 おかげで感情までは読み取れないけれど、その動きと周りの状況をみて取れた。

 一つ一つ、取りこぼさずにおけば、これから先に役立つかもしれない。


 座り込んだ影に、早速、誰かが近づいてくるのがわかった。

 なにかを話しているようだけれど、会話までは拾えない。

 じれったさを感じた瞬間、ぐらりと目眩を起こし、マドルはまた意識を失った。


 翌日もできるかぎり、空いた時間は泉翔へ意識を移し続けた。

 人に会うのも煩わしかったけれど、体力を落とさないために食事は必ずとるようにして、小間使いに部屋まで運ばせた。


 幾度か続けていくうちに、ようやく安定して意識を繋げられるようになってきた。

 影のようにしか見えなかった姿も、今はハッキリと見え、言葉も聞き取れる。

 ただ合わせようとするたびに、どうしてもマドルの左腕が痛む。


 鬼神の女、フジカワアサノはどうやら術がかかりにくいのではないか、ということに気づいた。

 うまく繋がらないのもきっとそのせいだろう。

 そうとわかればかかりやすくなるように、準備をしてやればいい。


 近く、葬儀があるようだ。

 恐らくあの神官らしき老婆も同じ場にあらわれるだろう。


(あの老婆を通して術を使えばいい――。きっとひどく力を使うことになるから、今のうちに休んでおかなければ)


 意識を自身に戻し、疲労を回復するためにその日まで動くことをやめ、静かに待った。

 二日もかかりきりでさすがに消耗が激しい。

 食事も睡眠もしっかりとっているのに、マドル自身でもわかるほどにやつれている。


 横になるとすぐに深い眠りに沈んでいった。

 翌日、目が覚めると、わずかながら体が楽になっていた。

 身支度を整えてから皇帝のもとへ向かった。


 今日はヘイトの王との会談が行われる日だ。

 ヘイトの城までは庸儀の領土を抜けると早い。

 既に準備されている車に乗り、皇帝の前後には護衛の部隊を従えて出発した。


 ヘイトがこうもひどく荒れているのは、ここ最近、ジェが執拗に攻め立てているからだろう。

 今度の会談も、ヘイトがこんな状態になっていなければ実現しなかったに違いない。


 城に着き、中へ通されると、ヘイトの王と従者はもう席に着いていた。

 皇帝と庸儀の王が堂々としているのに比べ、ヘイトの王は自国にいながらも不安げな表情で弱々しく見える。


 会談が始まってからも、終始曖昧な返事を繰り返すだけで、すっかり皇帝と庸儀の王に気圧されていた。


(もうひと押しもすれば、こちらに有利な条件で首を縦に振るか……)


 顎に手を当て様子を見ながらそう思ったとき、ヘイトの王の隣に控えている男が、射るような視線でマドルを見ていることに気づいた。


 ヘイト特有の翠眼がきつく細くなり、その直後、男が口を開いた。

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