同調
第10話 同調 ~マドル 1~
皇帝は泉翔を落とせなかったことに、憤りを感じていたようだったけれど、マドルは十分満足していた。
一時はなにもできずに、撤退を余儀なくされるかと思った。
それが、最後の最後で、鬼神に印を残すことができたのだから。
他人の一部に印で繋ぎをつけることで、マドルの意識を移して操ることが可能だ。
それは術師なら誰もができる術の一種だと思っていた。
大陸の主だった術師に、それを使えるものがいないと知ったとき、やはり自分は特別なんだ、と思った。
ただ、いろいろと試してみると、他人に意識を移すことによって、精神的にも肉体的にも著しく消耗すると知り、特別なことがなければ使わずにいた。
実際、鬼神に繋ぎをつけたときも、マドルは消耗して倒れている。
今回はこれまでで一番の特別なときだ。
消耗することに躊躇している場合ではない。
しばらくのあいだは、ほかのことを後回しにしても、力を注がなければ。
自室でゆったりと椅子に腰をかけ、目を閉じて集中し、マドルは早速、意識を移そうと試みた。
(なにも見えない――?)
もう一度、集中してみる。
それでもやはり、なにも見えない。
(おかしい……確かに印はつけたのに……)
試しに、だいぶ前になにかの役に立つかも知れないと、ヘイトの王族の一人につけた印をたどってみた。
ちょうど会議が終わったのか、資料を小脇に抱えて忙しなく廊下を歩いているところに意識が移った。
立ち止まり、資料に目を通してみる。
視点も動きも、しっかりと同調できている。
(なのになぜ、あちらには繋がらないのか……? 距離があり過ぎるからか?)
以前、試したときには、大陸の中のどこででも、なんの問題もなく相手に移ることができた。
距離は関係ないと思っていたけれどそうではないのか?
もしや、鬼神が相手なのが原因だろうか。
続けて集中したせいで体にだるさを感じ、マドルはいったん、ベッドに横になった。
このまま、繋がりを持てないようでは困る。
もう一人くらい、保険がわりに印を残しておくべきだったといまさらながら思う。
あのときは、そんな余裕はなかったのだけれど――。
ふと、焼けた雑兵にマドルの意識が移せたことを思い出し、起き上がると今度はそちらを探ってみた。
泉翔を離れてから、丸二日経っている。
既に砂浜の遺体は処理をされてしまったかもしれない。
そう思った瞬間、目の前に石畳が広がり、視界のはしに長い衣とシワ立った足が見えた。
咄嗟に重く強張った腕を無理やりに動かし、その足首を力のかぎりに握り締めてから、小さく術を唱える。
なにに印を付けたのかはわからなかったけれど、人であることは確かだ。
それがなんなのかはあとで確かめれば済む。
クッ、と含み笑いが漏れたと同時に意識が遠のいた。
周囲のざわめきに、マドルは意識を引き戻された。
どのくらいの時間が経ったのか、側近が指示を出し、小間使いや医師が部屋に入って忙しなくしているのが目に入った。
「気がつかれましたか?」
マドルと視線が合った側近が、心配そうな面持ちで問いかけてきた。
「一体なにごとですか?」
「皇帝がマドルさまをお呼びするようにと……何度か外からお声をかけたのですが、返事がなかったものですから……意識がないようでしたし……」
重い頭を押さえ、マドルは静かに息をはく。
どうやら印をつけたあと、また気を失っていたらしい。
「大丈夫です。少々疲れが出たので横になっていただけですから」
「しかし……」
「皇帝がお呼びならば、すぐにおうかがいしなければ」
心配そうな表情の側近を片手で制し、立ちあがって衣服を整えると、マドルは全員をうながして部屋を出た。
皇帝は大広間の円卓につき、庸儀の王とジェが同席している。
「遅くなりました。お呼びとのことですが、いかがなされましたか?」
敬意を示すように恭しく頭をさげてみせてから、卓上を見ると、一献をかたむけている。
嫌悪感に、マドルはわずかに眉をひそめた。
庸儀の王とともに、近くヘイトへ同盟を持ちかけるため会談の準備を進めることとし、昨日のうちにヘイトに使者を出したという。
(ヘイトの王族が、なにやら忙しなく動いていたのはそのせいか……)
「その折には、マドルも同席するように」
と、皇帝の命を受けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます