第9話 若き軍師 ~マドル 9~

(見つけた……あれに違いない)


 フワリと風になびく赤茶色の髪をしたその姿は、戦場を駆け巡り、しなやかな動きで雑兵を薙ぎ倒している。

 ジェとは違い、最前線まで出て、他の戦士をも庇う余裕を見せるほどの闘いぶりだ。


 他の泉翔人に比べ、ずいぶんと体は小さいが、その存在は圧倒的に大きく感じる。

 あれこそが、マドルが思い描いていた鬼神の姿だ。


 スコープの倍率を上げ、その姿にもっと近づいた。

 髪も瞳も紅とは言えない。

 まだ覚醒していないと、リュは言っていた。そのせいだろうか?


 意識を集中して近い場所にいる兵をいくつか動かし、繋ぎをつけようと試みても近づくこともできずに倒されてしまい、強いジレンマを感じた。


 女の表情が変わり、戸惑い気味にロマジェリカ兵を相手にしている。

 倒れないことに疑問を感じ始めたようだ。

 周辺の戦士になにか指示を出しているのが見て取れる。


 スコープを外し戦場に目を向けると、兵が少しずつ倒れ伏し、減り始めている。

 もう一度、スコープを通して見ると、泉翔の戦士は足を狙って戦っていた。


(なるほど……そうくるか。さすがに足をやられては起き上がることは難しい。こちらから術を向けても動かすことができなくなってしまった)


 面白い。


 そう思いながらも早くも思惑が一つ崩されたことに怒りを覚える。

 見つめた視線に、つい殺気がこもった。


 それに気づいたのか女の姿が立ち止り、周囲を見回すように首を動かすと、こちらを向いて動きを止めた。


 レンズ越しに視線が合う。


 その瞳は、やや紅味を帯びて、しっかりとマドルを見つめている。

 こちらの姿など見えようがないはずなのに――。


 一瞬、背筋に寒気を覚えた。

 まだ早いとは思いながらも、その嫌な感覚を拭い去るように、弓隊に指示を出して火のついた矢を射かけさせた。


 砂浜は油を含んだ防具を介して、あっという間に炎で埋め尽くされ、兵たちが蜘蛛の子を散らすように忙しなく動いている。

 立ちのぼる炎と煙が壁のようになり、兵を二手にわけた。


 さらに弓隊に、第二陣の指示を出す。

 即効性のある毒を塗った矢を、狙いを定めることもせずに次々と射かけさせた。

 急所に当たらなくても、これなら簡単にその命を奪える。


 これで兵数はさらに少なくなる。

 あとはどうにかこちらの兵を鬼神に近づけ、繋ぎをつけたい。


 混乱した戦場を隈なく探し、マドルは女の姿をとらえた。

 その一番近くにいた兵に意識を向け、すぐ横まで動かした。


 が――。


 煙が立ち込めていて気づかなかった。

 いつの間にか泉翔の援軍が出てきて、鬼神につかみかかろうとした兵が倒されたうえに、堤防近くまでさがられてしまった。


 思わず舌打ちをした。


 このままでは何も得られないままになってしまう。

 炎もだいぶ弱くなっている。

 雑兵はやがて燃え尽きてしまい、そろそろ潮も引き始めるだろう。


 こうなったら、万一のために連れてきている残りの兵も出陣させ、マドル自身が鬼神に近づくしかない。

 側近たちに指示を出し、残りの兵に準備をさせようとした瞬間、入り江の奥の崖から爆発音が轟いた。


「この音は一体――!」


 戦艦が大きく揺れる。


「マドルさま! 泉翔が砲撃を始めました! このままここにいては危険です!」


「間もなく引き潮が始まるでしょう。座礁したら狙い撃ちをされてしまいます!」


(なんということだ……)


 忌々しさに怒りがあふれてくる。

 もう撤退するしかない。

 何隻かは被弾してしまった。


 側近にすべての戦艦を退かせるように指示を出すと、デッキの一番はしに立ち、マドルは砂浜を睨んだ。

 堤防に立ち並ぶ泉翔の戦士たちの中にいる女に目を向けた。


(すぐ目の前にいるのに――)


 不意に、女は砂浜におり立ち、燻っている死体の山に近づいた。

 すぐに意識を飛ばすと折り重なっている兵の一体が、辛うじてマドルの意識を受け止めた。


 横になった視界の中に、女の腕が入り込んでくる。

 真っ黒になった手を伸ばし、その腕をガッチリつかむと、驚いてこちらに向いた瞳をとらえた。


 おまえが鬼神か――。


「おまえが……」


 燃え尽きかけた体からは、その言葉を絞り出すだけで精いっぱいだった。

 怯えを見せた無防備な瞳。

 つかんだ腕に力を移すと、女は崩れるように倒れた。


(――ついにとらえた。印をしっかりとつけた)


 意識を自身の体に戻し、もう一度遠ざかっていく砂浜に目を向けると、マドルは小さく含み笑いを漏らした。

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