第191話 感受 ~岱胡 2~
できるだけ静かにしているつもりだった。
気をつけていたのに、岱胡の腕時計からセットしておいたアラームが鳴り響いた。
鴇汰がピクリと動いて椅子から肘を落とし、目を覚ましてしまった。
時計はいつの間にか五時を指している。
「あ、目、覚めちゃいました?」
「ん……なんだ、戻ってたのかよ」
「ええ、三時過ぎッスかね。夕飯、食い損ねて腹が減っちゃって、ここにあったの食べちゃいましたけど、いいッスよね?」
繋いだ手を名残惜しそうに離し、立ちあがって伸びをした鴇汰は、椅子を持って静かにこちらへ移動してきてから台所をのぞいた。
「どれ食った?」
「さっき、こっちにあるやつを食ったんスけど、なんか物足りなくて」
「あぁ、そんじゃあ机の上を片づけて、ちょっと待ってろよ」
岱胡はうながされて机に広げた地図をしまった。
「ところで……なんだかずいぶんと大騒ぎしたみたいッスね?」
鴇汰の後ろに立ち、温められたおかずを受け取りながらたずねてみる。
鴇汰は首の凝りをほぐしながら苦笑した。
「まぁな。気をつけようと思ってたのに、俺のほうから突っかかっちまって、ちょっとヤバかった」
「ここに来る前に、うちのやつらから聞いて焦りましたよ。麻乃さん、かなり悪態をついてたって言うし」
「あぁ、結構な力で背中をたたかれてさ。馬鹿だなんだと言われて参ったよ。こっちが悪いから言い返せねーしな」
「まぁ、大ごとにならずに済んだようでなによりッスけど。部屋に入って血の海だったらどうしようかと思ってたのに、なんだかやけに、仲良さそうに寝てましたもんねぇ」
コーヒーを点てている鴇汰の耳が赤くなったことに気づき、こっちまで恥ずかしくなってしまう。
「それより北と南のほうはどうだったのよ?」
目を伏せたまま向かい側に腰をかけた鴇汰は、コーヒーを飲みながらそう聞いてきた。
「北には梁瀬さんをおろしただけで寄ってこなかったんスけど、南には巧さんが来てましたよ」
「へぇ、そんならちょうど良かったじゃん」
「ええ、例のジャセンベル人のことも、念のため、どうにかしてもらうことになりました」
「どうにか……って、そんなもん、どうにかなるもんなのかよ? だって相手は大陸の人間だろ?」
鴇汰が驚くのも最もだと思う。
岱胡自身も驚いて、巧に思いっきり引っぱたかれたわけだし。
「なにかあったときのために、連絡の取れる方法を聞いてあるらしいッスよ。なにしろ、巧さんのほかには麻乃さんが一度会ってるだけで、修治さんもその相手のことは見てないそうッスからね」
「麻乃が?」
「そうなんですよ。けど、ジャセンベル人のほうも麻乃さんのあの外見で、子どもが植林の手伝いに来ているんだと思ったらしくて。遭遇しても特に怪しまれなかったみたいッス」
言いながら思い出すと、おかしくて笑ってしまう。
七年前と言っていたから、まだ麻乃は十七歳のころで、今より幼く見えて当然だろう。
翌年に巧がまたジャセンベルに豊穣へ出たときに、そのジャセンベル人が『幼いのに頑張っていた』と感心していたらしい。
他愛のない世間話をしたらしいけれど、会話をしても年相応に見られなかったとは。
ただ、もしも腕前のほどが知れていたら、黙って帰されはしなかったかもしれない。
そう考えれば、それで良かったのだろう。
「小さいのが幸いしたってことか」
「泉翔人を巧さん基準で考えていたら、子どもにしか見えなくても仕方ないでしょうね」
「ロマジェリカでもそれが通用すりゃあ、少しは安心なんだけどな」
そう言って鴇汰は麻乃に目を向けた。
まだぐっすり眠っていて起きる気配はない。
「あの国じゃ、子どもだろうが女だろうが、異人って時点でアウトですからね」
「まぁ、おまえのいうとおり左側にルートを決めたから、慎重に行けば何事もなく済むだろうけどな」
食事を済ませ、おなかも一杯になると、さすがに眠気が襲ってくる。
鴇汰は立ちあがると、麻乃を起こした。
「おい、今日も早いんだろ? そろそろ起きて飯食っていけよ」
聞くと今日は地区別演習から、道場の師範や子どもたちが戻ってくるから、迎える準備で忙しいらしい。
目を覚まさせるために、シャワーへ追い立て、着替えを済ませるまでのあいだ、廊下で待った。
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