第190話 感受 ~岱胡 1~
南詰所を出たところで岱胡は巧に捕まり、焦って帰ろうとするなと、また頭を引っぱたかれた。
北に行くから途中まで並走していこうと言われ、スピードを出すわけにもいかずジレンマを感じていると、不意に巧が別れ道で車をとめた。
岱胡もあわててブレーキを踏む。
「なんスか? 急にとまって」
「急ぐ気持もわかるんだけどね、今、事故を起こすわけにはいかないでしょう? とりあえず私のいうことを聞いて、焦らないで帰りなさい」
巧は岱胡の肩を軽くたたくと車に戻り、そのまま北へ向かっていった。
山道を走ることを考えると、暗い中、動物が飛び出してこないとも限らない。
確かに巧のいうように焦るのは良くないだろう。
岱胡はいつもどおりのスピードで西区まで帰ってきた。
西詰所の前で車をおりて会議室の窓を見ると、明かりは消えている。
もう三時を過ぎているせいで、宿舎のほうも明かりの点いている部屋は少ない。
真っ暗な中に浮かび上がる詰所と宿舎が不気味な雰囲気に見えて、岱胡は急ぎ足で会議室に向かった。
中には鴇汰の地図と買い置きした食べ物しかない。
ぐるりと見渡して机の上にメモを見つけた。
『宿舎の麻乃の部屋にいる。戻ったら来てくれ』
それしか書いてない。
取り急ぎ宿舎に向かおうと歩き始めたところで、まだ談話室に残っていた隊員の
「なにか変わったこととか、あった?」
「いえ、特には……長田隊長が、四階の一番手前を使ってるから、そこに来てくれって言っていましたけど」
「四階? あ、そう」
(メモと違うな……?)
そう思ったとき、岸本の後ろから
「違う違う。藤川隊長の部屋にいるって言ってくれ、って言っていましたよ」
「え~? なんだよ、どっちが最新情報~?」
隊員たちは顔を寄せて情報をつき合わせ、藤川隊長のところですね、と言った。
「夕飯どきに、なにか揉めていたみたいで、階段のところで大騒ぎしてましたよ」
「揉めてた? なにそれ!」
岸本の話しでは、玄関口で鴇汰が大声でなにか文句を言ってるのが聞こえたあと、廊下に大きな物音が響いた。
数人で様子を見にいったところ、階段の途中で鴇汰が麻乃を肩に担ぎ上げ、落ちた荷物を拾っていたという。
なんでもないから気にするな、と言い残して、そのまま宿舎の部屋に向かったようだけれど、担がれた麻乃のほうは、大暴れしていたうえにひどく悪態をついていたらしい。
(なんてこった……来いと言われて部屋に行ったら、修羅場だったり血の海になってたりしないだろうな……?)
う~ん、と唸ったあと、岱胡はガリガリと頭を掻いた。
「まぁ、いいや。とりあえず行ってみるよ。ありがとうな」
重い足取りで麻乃の部屋の前に立ち、外から様子をうかがう。
明かりは点いているけれど、中からはなんの物音もしない。
こうなると岱胡の頭には、もう嫌な想像しか浮かんでこない。
鴇汰の血まみれになった姿が……。
ここでためらっていても仕方ないと、思いきってそっとドアを開けた。
「……失礼しまーす」
半分開けたドアから中をのぞくと、部屋は奇麗に片づいていて、
ホッとして中に入った。二人の姿は見えない。
部屋の中は何だか暖かく、なにを作ったのかおいしそうな匂いがしている。
そっと机に荷物を置いた。
(出かけてるのか? それともやっぱり四階のほうか?)
つと視線を奥に移すと、ベッドに麻乃が、その横で椅子に座った鴇汰がぐっすり眠っている。
しかも、また手を繋いで……。
もしも、ここに修治がいたら、問答無用で目を覚ます間もなく、鴇汰は斬られてしまうんじゃないかと思った。
(なんなんだ? この状況……揉めてたんじゃなかったのか?)
ベッドで一緒に寝てるところに遭遇しても困るけれど、こんな十二、三の子どもの恋愛みたいな……背中がむず痒くなるような、こっ恥ずかしい場面に遭遇しても本当に困る。
(まぁ、前みたいな勢いで喧嘩をされているよりは、マシかもしれないけどね)
夕飯もろくに食べていなかったせいで、腹の虫が鳴った。
調理場の隅に食べ物を見つけ、なるべく静かに温めて食べながら地図を広げると、もう一度、修治と決めてきたルートをさらった。
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