第189話 感受 ~鴇汰 6~
「あのさ」
麻乃がドアに向かったその前に飛び出し、さえぎるようにノブに手をかけた。
「おまえ、今朝のこと、まだ気になるならそっちの部屋を使って寝ていいから。俺、どうせ岱胡が戻るまで起きてるし、ほかに行くならここに来いよ、な?」
部屋の奥のベッドに指を向けると、麻乃はチラッとそちらに目をやり、わずかに首をかしげてからうなずいた。
静かに閉じられたドアを見つめ、戻ってくることを確信した。
(そうしようかな……)
そう思ったのがわかった。
なぜだか今日は、麻乃の考えていることがホントに良くわかる。
一度、部屋中の窓を開けて空気の入れ替えをし、机とその周辺の荷物を片づけた。
空き部屋だったから散らかってはいないけれど、埃っぽさが少し気になる。
掃除の道具を取りに出ようとドアを開けると、階段をあがってきた麻乃が見えた。
「あ……やっぱりこっちにいてもいいかな?」
「構わねーよ……いや、ちょっと待てよ……やっぱ、おまえの部屋に行こう」
「えっ? あたしの部屋?」
「どーせ散らかしてんだろ? 掃除してやるから。俺、岱胡が帰ってくるまで暇だし、なにかさせろよ」
「ん……じゃあ……お願いしようかな」
渋々そう言った麻乃の手に、いくつか荷物を持たせ、食料も持って移動した。
途中、岱胡の隊員たちに移動する旨を伝え、麻乃のあとを追って部屋に入った。
中は思ったとおりの散らかしぶりで、荷物の置き場もない。
こんなにやりがいのある部屋はそうはない。
麻乃がシャワーと着替えをしている間に、ゴミをまとめて捨て、会議室に寄って岱胡宛に居場所のメモを残した。
戻ってくると、髪を乾かし終えた麻乃が申し訳なさそうに鴇汰を見あげた。
「じゃあ悪いけど先に眠らせてもらうね。面倒もかけるけど……」
「全然面倒なんかじゃねーって。いい暇潰しになるしな。ちょっとうるさくするかもしんねーけど」
「ううん。静かにされるよりは、音がしてたほうが安心できるから」
横を向いた麻乃の首もとに、革紐が見えた。
「もしかして黒玉、つけてるのかよ?」
「うん、だってねぇ、カサネさまとかほかの巫女たちの祈りが捧げられてるんでしょ? 粗末にはできないし、身につけてないと失くしそうだし」
「ふうん……」
『なんかな、巫女たちの祈りが捧げられてるから、お守りとして持ってろってさ』
確かに手渡すときにそう言って渡した。
誰の名前も口にはしていないけれど、麻乃はまず、カサネの名前を出した。
本来なら、一番巫女のシタラの名前が出てくるだろう。
(無意識に名前を口にするのを避けてるんだろうか? それとも単に嫌いだからか?)
どうやらその辺も、あまり触れないほうが良さそうだ。
麻乃は寝つけないのか、モゾモゾと動いたり体の向きを変えたりしている。
それも二十分も経つと眠ったのか大人しくなった。
あちこちに積み上げられたままの本を、書棚に並べてしまいながら時々、様子をみてみる。
見たところ、特になんの変わりもないようだ。
書棚に並ぶ本のほとんどが、剣術や刀にまつわるものばかりだ。
何冊かは読み止しのままになっているところをみると、あるぶんは全部、目を通しているということか。
台所のほうは、まったく使われている様子がなく奇麗なままだった。
冷蔵庫の中にもなにも入っていない。
(そういえば、柳堀を出禁になってるんだったな)
となると、この部屋はあまり使われていないのかもしれない。
それでこの散らかりようだとすると、自宅のほうはどうなっているのか。
(いや、でも調理に麻乃の自宅を使っているとしたら、隊のやつらがいるから、それほど散らかってはいないか……)
そうは思っても、以前、寄ったときの散らかりようを思い出すと、つい笑ってしまう。
片づけないと落ち着かない鴇汰は、あそこまで散らかして平気ではいられない。
出したものをもとの場所に戻すだけのことが、なんでできないのかと不思議にも思う。
今ではそれも一つの才能だと思って、できる自分がやってやればいいことだと納得している。
掃除まで奇麗に済ませ、時計を見ると、もう深夜二時になろうとしていた。
岱胡が戻ってくる様子もまだない。
ベッドの横に椅子を寄せ、コーヒーを飲みながら適当に出してきた剣術の本に目を通した。
寝苦しいのか、時折、体をよじって眉間にシワを寄せ小さく呻く。
ひょっとすると、また悪夢を見ているのかもしれない。
鴇汰は空いたほうの手で、麻乃の手を握った。
途端に急速に睡魔が襲ってきて、肘掛に頬づえをつくと、そのまま眠りに落ちた。
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