第192話 感受 ~岱胡 3~
支度を済ませた麻乃に声をかけられ、部屋に戻った。
「あ、岱胡、戻ってたんだ?」
「戻ってたんだ、って……麻乃さんが起きてきたとき、俺、いたじゃないッスか!」
「そうだったね、ごめん、起き抜けでボケててさ」
ポンポンと岱胡の背中をたたいた麻乃は、もう朝食に向かっている。
「もう! みんなホントに、俺の扱いひどくないッスか? 目の前にいたってのに。まぁ、一人しか目に入らないってんなら仕方ないッスけどね」
少しからかうようないいかたをして麻乃を見ると、食べ始めた手が止まり、真っ赤になった。
(おっと、こっちの反応もこれか……)
岱胡がそう思った瞬間、鴇汰の平手が飛んできてあわてて避ける。
「ホラ、それ! それも本当に勘弁してくださいよ! 巧さんたちといい、あんたといい、人の頭をポンポンと……」
「あ、それはわかる。あたしもやたらと頭をなでられて、不愉快になるもん。縮む、ってのよね」
「でしょー! 麻乃さんなら、そこんトコ絶対にわかってくれると思いましたよ」
鴇汰は避けられて行き場をなくした手を腰に当て、ポットからコーヒーを注いだ。
「んなこといったって、麻乃の頭はちょうどいい位置にあるし、おまえの頭はたたきやすいんだよ。ひと言、多いしな。それに麻乃がおまえの頭をたたかないのは届かないからだろ?」
「またそんなひどいことを……もう呆れますね。ホントにいいんですか? こんな人で」
麻乃の向かい側に腰をかけ、親指で鴇汰を指してそう聞いてみた。
「……いいも悪いも……別にあたしは……」
麻乃はまたうつむいて真っ赤になり、目の前の食事を一気に平らげてしまった。
物凄い目つきで岱胡を睨んだ鴇汰も、その食べるスピードに呆れた表情をみせている。
麻乃の胸もとにチラリと黒玉が見えて、岱胡は驚いた。
「麻乃さん、それ……身につけてるんスか?」
「うん、だってこうしてないと、失くなっちゃいそうだから」
鴇汰を見ると、渋い顔をして小さくうなずく。
どうやら鴇汰も岱胡と同じで、身につけていないらしい。
「俺も梁瀬さんも、豊穣に持っていくかばんに入れましたよ。そのほうが失くさないでしょ? 鴇汰さんも、そうしますよね?」
「まぁな、紐が切れて落としちまうかもしんねーし」
「そうか……あたしもかばんにしまおうかな」
胸もとの黒玉に触れた麻乃は、二、三度小さく首をひねると、立ちあがって濃紺の上着を手にした。
裾を翻して着込む姿が、すっかり様になっている。
濃紺に赤茶の髪が本当によく映えて目を惹く。
これで刀を帯びると颯爽として見え、普段とのギャップに、部隊のやつらが目を見張るのも納得できる。
「あれっ? 麻乃さん、丸腰ッスか?」
「うん、この間の庸儀戦で使ったから、直しに出してるんだけどさ、まだ戻ってこないんだよね」
「だってもう時間ないッスよ? どうするんスか?」
麻乃は襟を正してこちらを振り返った。
「大丈夫だよ、紅華炎があるから」
「もう一刀あったろ? それは使えねーの?」
鴇汰の問いかけに、麻乃はあからさまに困った表情を見せている。
「あれは……あたしの力量じゃ扱えなくて、先生に禁じられてるんだよね。もし帯びてるところを見られたら、あたし殺されるかも」
「そんな大袈裟な……」
「いや、あの人なら、ないとは言いきれねーよな」
「鴇汰さん、会ったことあるんスか?」
「前に道場に行ったときに、ちょっとな」
泉翔でも上位の腕前の麻乃が殺されると言うほどの相手を、どうにも想像できない。
「うちの先生、元蓮華だから」
麻乃が苦笑いでそう言う。
そして腕時計に目をやりあわててドアに手をかけてこちらを振り返った。
「まずい、遅れる。じゃ、あたしもう行くね。今日は多分遅くなるから。鴇汰、中央に帰るなら、運転には十分に気をつけてよね。岱胡、なにかあったら道場へ連絡をちょうだい」
「あ、麻乃、おまえの姉さん、まだ具合が良くないようなら、こいつ持ってけ。それなら絶対、食えるから」
「あぁ、ありがとう」
鴇汰が投げた水筒を引っつかむと、飛び出していった。
「……って言ってますけど、鴇汰さん、どうするんスか?」
鴇汰は残った料理を冷蔵庫にしまい、洗い物と片づけを始めた。
「だって明日は収穫祭だろ? 道も混むだろうし、もう面倒だから会議までこっちに残るよ」
「まぁ、それが無難スよね」
麻乃の部屋をあとにして、それぞれの部屋に戻った。
さすがに起きている時間が長すぎたせいで、死にそうに眠い。
けれど今日は、珍しいものを見たせいで、誰かに言いたくて口がムズムズする。
といっても、迂闊に話すと、修治の怒りを買いそうで怖い。
(黙ってるのが得策か……)
ベッドに倒れ込むと、そのまま目を閉じた。
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