第182話 中央から南へ ~巧 4~

「だ……だって鴇汰さんロマジェリカじゃないッスか、だから麻乃さんとルート決めとか、俺にも話しを聞きに来たんスよ? 手だってあんまり麻乃さんが怯えて震えてるから握っただけだろうし……」


「ちょっとシュウちゃん、あんたなにをそんなに怒っているのよ? たかが手を握っただけでしょ? 麻乃が落ち着いたなら、それでいいじゃないの」


 岱胡の肩をつかんだ手を巧が引き離すと、修治は舌打ちをして不機嫌なまま、椅子に腰かけた。


「さっさと地理、やるぞ」


 いつもなら止めに入る徳丸は、苦虫を噛み潰したような顔で修治を見たまま、黙っている。

 巧はため息をつくと、岱胡をうながして地図に向かった。


「あんた、鴇汰と会っているんなら少しは情報、もらっているんでしょ?」


「ええ、まぁ一応、使ってるルートのこととかは。でも、修治さんはどこを使うつもりなのかな? と思って」


 顔色をうかがうように修治を見た岱胡は、おずおずとそう問いかけた。


「毎年、使われてるルートでいいだろう? 俺たちが渡ったときもそこを使った」


「でも俺はここよりこっちのほうが、通りやすいんじゃないかなって思うんスけど」


 地図を指でたどりながら、岱胡は修治に訴えている。

 確かに岱胡の指したルートは上陸ポイントから最短の距離で、城からも離れている。

 使える場所なら、そこが一番だということは巧も良くわかっていた。


「そこは駄目なのよ。城からヘイト国境へのルートと被ってたり交差してたりするの。こっちのルートなら城の後ろを回り込む形で奉納場所へ続いているから、敵兵に遭遇しにくいわ。今は特に国境で小競り合いが続いてるって言うでしょ? ここは一番避けなければならないわけよ」


「そうなんですか? それじゃあしょうがないッスね……てか、やたら細かいことがわかってるんスね?」


「まぁね。長く渡ってるんだもの。それなりに情報は得ているわよ」


「もしかして、植物の世話をしてくれてる、って人からですか?」


 岱胡にはまだ説明していないのに、そのことを知っているとは。


「そのこと、鴇汰に聞いた?」


「ええ、実はそれを一番、聞きたかったんス。修治さんは会ったことはあるんですか?」


「いや……麻乃は会ってるんだが、俺は会ったことがないんだよ」


 岱胡はひどく不安そうに、巧へ視線を向けてきた。


「巧さんが一緒ならともかく、もしも出くわしたとき、会ったことがない俺たちじゃあ怪しまれません? 危なくないッスかね?」


 そう言われるとそうかもしれない。


(シュウちゃんはいいとして、岱胡はマズイかも……)


「そうね、ちょっとマズイことになる可能性もあるか……わかった。今年は私が行かれないから、奉納場所へは数日間、近づかないように頼んでおくわ」


「連絡取り合ってるんスか!」


「人聞きの悪いことをいうんじゃないわよ! 取り合ってるんじゃなくて、万一……たとえばこんなときのために、連絡の取れる方法だけは聞いてあるの!」


 大声を上げた岱胡の頭を引っぱたき、巧は厳しい口調で答えた。

 今のは奇麗に入ったようで、よほど痛かったのか盛んに頭をさする岱胡の姿に、やっと修治が表情を緩めている。


「何か手があるなら、対応しておいてもらえると助かるな。俺が渡ったときからだいぶ様子も変わっているだろうし、できるかぎり不安な要素は減らしたい」


 拳を口もとに当てて考え込んだあと、そう訴えた修治に巧もうなずいて答えた。


「苗だけど、例年通り最低五株はお願いね。植える場所は奉納場所の周辺で、シュウちゃんはわかってるわよね?」


「ああ、二度やってるからな」


「空き地のほうはなにもしなくていいから。あっちは見通しもいいし、人に見られると面倒だからね」


「わかりました」


 もう一度地図に向かい、あらためて赤ペンが引かれたあとを指でたどりながら修治と岱胡はルートを確定させた。

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