第181話 中央から南へ ~巧 3~

 南区の繁華街、銀杏坂いちょうざかへ出て、夕飯を食べてから戻ってくると、詰所の入り口にある階段に、座っている人影が見えた。


「も~。遅いッスよ!」


 こちらに気づいた人影が立ちあがって叫ぶ。


「なんだ。岱胡じゃねぇか。どうしたんだ?」


「梁瀬さんを北に送ったついでに寄ったんスよ」


 徳丸の問いかけに、岱胡は待ちくたびれたのか、拗ねた子どものように答えた。


「梁瀬のやつは北に戻ってるのか」


「昼過ぎに西を出てきたんス。北に入る手前で、修治さんの式神が来ました」


「そうか、ちゃんと届いたか」


 ホッとため息をついた修治がそう言うと、徳丸から視線を移した岱胡が続けた。


「良くできてる、って梁瀬さん褒めてましたよ」


 修治はスッと顔を背けた。出すのは苦手だと言っていた式神を褒められて、きっと照れているんだろう。


「ここへも来たんでしょう? てか、結局全部、一人で回ったんスね」


「そうね、それよりあんた、ここになにしに来たのよ?」


「やっぱり西でなにかあったのか!」


 徳丸も気になっていたのか岱胡に詰め寄った。


「なにしに……ってひどいいいかたッスね……俺だって豊穣行くんですからね、修治さんとも話したいじゃないッスか」


 唖然とした表情でこちらを眺めて呆れたように岱胡は言う。

 あまりにももっともな答えに巧も苦笑してしまった。

 シタラのことばかりが気になって、本来、一番気にかけなければいけないことをすっかり忘れていた。


「そうよね、ごめんごめん、悪気はなかったのよ」


 笑いながら、巧は岱胡の頭を軽くたたき、入り口の階段をあがった。

 そのあとを徳丸も同じように岱胡の頭をたたいてから上がってくる。


「ちょっとぉ! その頭をたたくの、いい加減やめてくれません?」


 頭をさすりながら、岱胡が文句を言っている。


「あぁ、なんかね、麻乃の頭を見るとなで回したくなるんだけどさ、あんたの頭を見ると、ついたたきたくなるのよ」


「なんスか、その変な癖はー! まったく、俺も麻乃さんもいい迷惑ッスよ」


「それより岱胡。おまえ、地図もなにも持たずに来たのか?」


「まさか。待ってる間に会議室に置いてきました」


 修治に問われ、途端に真面目な表情に変わってそう答えた。


「そうか。それなら早速やっちまおう。ちょうど巧もいるんだ。気になることがあるなら良く聞いておけ」


 二人が会議室へ入ったのを徳丸が慌てて追いかけていき、地図を広げている岱胡に早口で問いかけた。


「おい、それより西でなにか変わったことでもあったのか?」


「変わったこと……っていうか、麻乃さんがちょっと夢でうなされたんですよね」


「夢?」


 徳丸も修治も、声を合わせたように言い、揃って岱胡を睨んでいる。


「ええ。なんだかシタラさまに自分の左腕を斬られたとかで、ひどく怯えてましたよ。ソファから転げ落ちてましたからね」


「腕を? 婆さまにか?」


 修治がつかみかかりそうな勢いで岱胡に寄り、驚いた岱胡が徳丸の背に隠れるようにあとずさりをした。


「なんでも、あのロマジェリカ戦のあとくらいから時々見るんだ、って言ってました。いつもは逃げるか戦うけど、今日は斬られたって……」


「それで? あいつの様子は?」


「大丈夫ッス、落ち着いてますよ。シタラさまが来たときも、ちょうど寝ていたから会わせずに済みましたし」


 それを聞いて安心したのか、修治が深いため息をついている。


「梁瀬さんが、そんな夢を見た直後にシタラさまが来るなんて、タイミングが良過ぎるってひどく気にしてたんスよね」


「それであの式神か」


「そう……確かにそうね。おまけになんだか麻乃を探してるみたいだし」


「また不安定にならずに済んだならそれでいいさ。豊穣に出ちまえば、シタラさまとも当分は会わずに済むんだ」


 そう話している傍らで、修治は一人、なにかを思い詰めた顔をしている。

 岱胡が上目遣いに修治を見て言った。


「そんなに心配しなくても麻乃さんは大丈夫ですよ。凄く取り乱して震えてましたけど、鴇汰さんが手を握ってたら、すぐ落ち着きを取り戻しましたから」


「鴇汰が手を?」


 巧が止める間もない勢いで、修治は岱胡の肩口をつかんで引き寄せると、口調は静かながらも憤りを隠せない表情を見せた。


「おい……なんだって鴇汰のやつが西にいるんだよ? 手を握ってたってどういうことだ?」

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