中央から南へ

第176話 中央から南へ ~徳丸 1~

 今朝はいつも起きる時間より少しだけ早く目が覚めた。

 もう外は明るくなり始めている。


 豊穣まであと五日だと思うと、徳丸はどうも気が落ち着かなく、窓辺に腰をおろし、少しずつ明るくなる空を見あげていた。


 詰所の門に、ランニングから帰ってきた修治が見えた。

 昔からずっと、特別なことでもないかぎり、修治はいつも、ああして体力をつけ、素振りだ型だと自らを鍛えているのを徳丸は知っている。


 どれを取っても地味な鍛練ではある。

 けれど、その小さな積み重ねが、確実に修治の糧になっているのだろう。


 徳丸の目からみて、もう既にその年齢にしては十分過ぎるほどの腕前だと思うのだけれど、修治自身は納得してはいないようだ。


 貪欲に強さを追い求めるのはなぜなのかを、修治が蓮華になりたてのころ、一度だけ聞いてみたことがある。


 スカした顔でわずかに笑ってみせただけで、修治はなにも答えはしなかったけれど、麻乃が蓮華としてあがってきたときに、なんとなくわかった気がした。


 麻乃もまた、大した腕前でありながら、己の腕を磨くことには余念がない。

 麻乃の事情を知ったとき、徳丸は確信した。

 詰まるところ、追いつかれては困るのだろう。

 なにかが起きたときには、修治はその手ですべてを終わらせるつもりなのだ。


 歩きながらの修治の視線が徳丸に向いた。

 汗を拭き、軽く手をあげたその顔が、わずかに照れ臭そうに見えて、徳丸もつい表情が緩む。


「相変わらず毎日、続けているのか? おまえも本当に良くやるな」


 窓を開けて声をかける。


「単に習慣になってるだけで、大したことはしていないですよ。トクさんこそ、今日はやけに早いじゃないですか」


 体を伸縮させてほぐしながら、修治はそう答えた。

 このところ、いろいろと嫌なことが続いたせいもあって、修治にしては珍しく感情を剥き出しにすることが何度かあった。


 中央で鴇汰に突っかかっていったのをたたいてたしなめて以来、落ち着いたように見える。

 とはいえ、実際はその内面で抱えているなにかが、あるのかもしれないが……。


 今度の豊穣の組み合わせでも、一番納得をしていないのは修治だろう。

 それを思うと、徳丸もかけてやる言葉が見つからない。

 もう空はすっかり明るくなったのに、なんだかやけに空気が冷たい。


「修治、体を冷やすと良くねぇぞ。中に入って早く汗を流しとけ。今、体調を崩したら厄介だからな」


「ええ、そうですね」


 修治は気になることでもあるのか、持っていたタオルで額を拭いながら、門のほうを振り返っている。


「どうした?」


「いや、なんでも……」


 修治が宿舎の入り口に入ったのを確認してから、窓を閉めた。

 時計に目をやると、もうすぐ六時になる。

 そろそろ食堂が開くだろうと思い、部屋を出た。

 階段ですれ違った修治と、二言三言、話しをすると、そのまま詰所の部屋へ向かった。


(朝食を済ませたら、ヘイトの情報をまとめないとな……)


 梁瀬とも話しをしたいけれど、どうやら梁瀬は麻乃のところへ向かったようだ。

 あさっては収穫祭で、どの区もごった返し、移動に時間がかかるだろう。

 収穫祭の翌日にある会議で、顔を合わせたときに時間を作るしかないか。


 この時期は、地区別演習だ収穫祭だと、なにかと人の集まる行事が多くて忙しい。

 例年通りの持ち回りなら、そう準備に時間を割く必要もなかったのだが……。

 あと五日しかないことが、余計に焦りを感じさせる。

 無事に奉納を済ませて帰ってくることだけに、重点を置くしかなかった。


 ヘイトの奉納場所は、小さな国だけに上陸ポイントからそう遠くないそうだ。

 緑も比較的多く、城も離れているから国民と会うことはあっても、敵兵に遭遇することはまずないと、修治は言った。


 うっそうとした森の中にある泉というよりは沼に近い場所らしい。

 まるでイメージは湧かないが、ほかのやつらと違って、一緒に行動するのがこれまでと同じ梁瀬だということで、徳丸は少しだけ気が楽だった。


 修治のほうも、ジャセンベルは三度目だからか、巧から簡単にこの数年の状況を聞いただけにとどまっている。

 丸っきりすべてがおかしいというわけでもないが、それでも不審な思いが拭い切れない。

 書類と地図を一つにまとめたところで、詰める気分になれず、腰をあげて食堂へ向かうことにした。

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