第170話 シタラの眼 ~鴇汰 4~
う~ん、と低く小さくうなった梁瀬も、否定をしながらもなにか思うところがあるようだ。
「それでも僕らにとっては、シタラさまの占筮は絶対だよ。受け入れないわけにはいかない。これまでに間違ったことなんて、一度だってないんだからね」
もうすっかり明るくなった外を見ながら、梁瀬は最後の言葉を、自身にも言い聞かせるような表情で言った。
ほかのやつらはどう思っているんだろう。
穂高も巧もトクさんも、修治にしても。
特に修治は鴇汰と同じで、絶対に納得はしていないと思う。
「ま、みんなも変だとは感じてるわけだし、なにか起こると思って準備したほうが、逆に安心かもしれないッスよ」
思わず梁瀬と二人で顔を見合わせた。
岱胡はあっけらかんとした顔で、一人ジャセンベルの地図と向き合っている。
「おまえ……いきなり大胆なことを言うよな?」
「僕も思わず、そうかもしれない、って思っちゃったよ」
鴇汰が呆れたように言うと、梁瀬も苦笑して、そう言った。
「だって慣れない土地ですからね、最初から敵兵に遭遇すると思っていったほうが気楽ッスよ。出遭ったらどうしようなんてビクビクしてたら、身動き取れなくなりそうですもん」
褒めたわけでもないのに、岱胡が得意気にしているのがおかしい。
雑談をまじえながら、地理情報の続きをしていると、ノックが聞こえて岱胡の隊員が顔を出した。
「岱胡隊長、おもてにシタラさまがいらしているんですけど」
「シタラさまが? なにしに?」
「なんでも、蓮華の方々に渡すものがあるとか……」
サッと三人で視線を巡らせた。
急に張り詰めた空気が満ちたことに、岱胡の隊員も表情をこわばらせた。
「どうします?」
岱胡は隊員を引っ張って中に入れ、ドアを閉めた。
「ますいだろ? 麻乃はあんな夢を見たあとだ」
「鴇汰さん、荷物、今すぐにまとめて。それからキミも、この荷物を全部、二つ手前の会議室へ移すから手伝って」
梁瀬は岱胡の隊員に、荷物を持てるだけ持たせて手伝わせた。
「岱胡さん、玄関に向かって。そこで帰ってもらえなかったら、二つ手前の会議室ね、ここへは入れない。麻乃さんが今、詰所にいることは秘密。キミも、いいね?」
「わかりました。ほかのやつらにも伝えますか?」
「いや、今ここに麻乃さんが来てるって、見たおまえしか知らないだろ? おまえが黙っててくれればいいよ」
岱胡は会議室を出ると、玄関へ走っていった。
麻乃のいる会議室へは鍵をかけ、新しい部屋の机に地図を無造作に並べて広げ、食べ物の袋を少しだけ広げた。
まるで、今までここで作業していたように見える。
麻乃を残してきてしまったのが気になったけれど、良く眠っていたようだから大丈夫だろう。
いざともなれば帰るふりをして向こうの部屋へ行けばいい。
数分すると、岱胡がシタラを連れて会議室へ入ってきた。
あわてて立ちあがってあいさつをした。
「今日はどうされたのですか?」
梁瀬が前に進み出ると、シタラは手をかかげてみせた。
その手には、四つのペンダントが握られている。
「今回の豊穣は、それぞれ慣れない土地で大変だろうと思い、巫女の祈りを捧げた黒玉を渡しにきたのだよ」
「黒玉……ですか」
黒玉は泉の周辺でしか採れず、しかもとても珍しい石で、お守りとして大切にされる価値のあるものだ。
「これを守として、大陸では常に身につけているといい」
シタラは鴇汰と梁瀬、岱胡の手にそれを握らせた。
「麻乃の姿が見えないが……?」
「あ……藤川は道場のお嬢さんの具合が悪いそうで、外出をしています」
梁瀬がそう答えると、シタラは三人に視線を向けてから、会議室の中をぐるりと見回した。
(俺たちの言葉を疑っているんだろうか?)
シタラの目が青く光った気がして、鴇汰はその姿から目を逸らさずにいた。
鴇汰の視線に気づき、こちらを向いたシタラと真っすぐに目が合った瞬間、驚きで心臓が跳ね上がった。
シタラの瞳が青い。
けれど、そう感じた次の瞬間、幕がおりたように瞳の色は黒に変わった。
(梁瀬さんも岱胡も気づいてないのか!)
「藤川のぶんは私があずかり、責任を持って渡しておきます。近ごろ、お体がよろしくないとうかがっています。神殿までお送りいたしましょうか?」
梁瀬は下手に出ているような言葉遣いの割に、毅然とした態度でこれ以上は踏み込ませないところをみせている。
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