第160話 北から西へ ~鴇汰 2~

「それに俺があっちにいたのなんて、うんとガキのころのことだし、もうほとんど覚えちゃいねーもん」


「そうだろうけどさ」


「情報集めたらいろいろと決めなきゃなんねーし、俺、岱胡にジャセンベルの地理情報を教えなきゃなマズイしな」


「それもわかるけど、焦って詰め込んだって、頭に入るわけがないじゃないか。まあ、出発まで日がないのは事実だから仕方ないんだけど」


 差し出した赤ペンを受け取りながら、穂高が少し怒ったように言う。


「とりあえず、ここが上陸ポイントなんだけど」


 海沿いの地図では窪みになっている辺りに丸印をつけた。


「意外と距離があるんだ。しかも緑がとても少ない。いくつかルートがあるんだけど、良く使うのはここと……ここ」


 そう言ってポイントから二本の線を引いた。

 どちらも川に沿って奉納場所まで続いている。


「川沿いなら、それなりに緑もあるんだろ?」


「いや。そうでもないんだよ。まったくないわけじゃないけど、ほとんどが枯れ木だからね」


「枯れ木……?」


 地図をのぞき込んで鴇汰がつぶやくと、穂高は黙ってうなずいた。


「奉納場所は山の中腹にあるんだけど、周囲の森は枯れ木ばかりだ。それに……ここ」


 また、赤ペンで丸印をつけた。そこには城のマークが描かれている。


「他の国に比べて、城が近い」


「だって枯れ木ばかりなんだろ? もしかして見つかりやすいんじゃねーか?」


「そうだね、俺たちは、もう何度も行ってるから慣れているけど、それでも一度、見つかってるからね」


「マジかよ……」


「川沿いを選んでるのは、そのせいもあるんだ。飛び込めばいい。最も見つかったときは岱胡に突き落とされたようなものだったけどね」


 そのときのことを思い出したのか、穂高は苦笑いを浮かべている。


「飛び込めば……って」


「だって、まずは逃げることが優先だろう?」


「確かにそうだろうけど――」


 もう一度地図を見た。

 ほかに使えそうなルートのどれを取っても、城をかすめるようだ。

 それを考えると、一番城から遠いこの二つのルートのどちらかを使うしかないんだろう。


「嫌な場所に城があるな。自分の故郷ながらも本当に嫌な国だ」


「まぁ、俺たちにしてみれば、ね。でも泉の森と城の立ち位置を考えると、これは適切な位置なのかもしれないよ」


「うちの国と、こんな国を一緒にするなよ……」


 鴇汰はルートを指で追いながら、思わず穂高を睨んだ。


「そう悲観するなよ。来たときと違っていきなり意気消沈した感じだ」


「えっ? なにがよ?」


「だって鴇汰、ここへ来たときは変に清々しいっていうか、明るい顔しちゃってさ」


 やっぱり見透かされていた――。

 そう思った途端に鼓動が速くなり、顔が熱くなる。


「まぁ、だいたいなにがあったのかは想像がつくけどね。さっきもだけど、今も、耳まで赤い」


 そう言われて、鴇汰はさらに心臓が高鳴った気がした。

 背中と手のひらに嫌な汗をかいている。


「あれだけ晴ればれした顔をしてたんだ。誤解が解けた、ってところだろう? こんなに焦って情報を集めようとしてるのもそれが原因かい?」


 肘を机につくと鴇汰は両手で顔を覆った。


「おまえ、本当にやだ。俺がここに来たときから、見透かしたような目で見てきてさ」


「だから、わかりやすいんだって言ったろう? で、なにがあったんだよ?」


 巧から手紙をあずかって麻乃の道場まで行ったこと、そこであったことを正直に話した。

 穂高に隠しごとは、できるかぎりしたくなかった。


 聞かれるまで言わないことはあるけれど聞かれれば隠さずに答えてきた。

 これまでも、きっとこれからも。

 最後まで聞き終わると、穂高は深いため息をついた。


「良かったじゃないか。本当に。一時は麻乃が抜刀までしようとしたから、どうなることかと思ったけど……本当に良かったな」


 穂高はそう言って、静かに微笑んでいる。


「確かに今は、豊穣のことを優先に考えなきゃいけないときだし、俺たち、初めての土地だから気を抜けないじゃんか。それでも、それが全部済んだら、ちゃんと考えるって言ってくれたのよ」


「うん」


「そりゃあ、駄目なほうが確率高いのはわかってるけど、あの麻乃がそう言ってくれたのがすげー嬉しくて」


 ヘヘッと子どものような照れ笑いをしてしまう。

 それを見た穂高が苦笑した。


「舞いあがり過ぎだろう? とりあえず落ち着いて、情報ちゃんと持って帰れよ」


 そう言いながら手もとに丸めておいてあった地図で、鴇汰の頭をたたいてきた。

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