第158話 情報収集 ~麻乃 4~
「鴇汰の叔父さんの式神らしいんだよね」
「えっ? だってあの人って鴇汰さんの彼女じゃ……」
「やっぱりそう思ってたよね? あたしもそうだもん。はいそうですか、とは信じられないよね。人にしか見えなかったしさ」
岱胡はおもむろにドアを開けると大声で、誰かコーヒー二つちょうだい、と叫んだ。
机を挟んで麻乃の向かい側に座り、膝を揺らしながら何か考え込んでいる。
「でも……そう考えると、辻褄が合うことが多くないッスか?」
「辻褄って?」
「この国で見かけなかったのがなぜなのかも、監視隊にも見つからずに海を渡ってこれたのはなんでかってこともですよ」
壁を伝っていたテントウ虫が羽根を広げて飛び立ち、岱胡の指先に戻ってきて、ヒラリと紙に姿を変えた。
岱胡はそれを握り潰してゴミ箱へ放り投げ、腕を組んだ。
「その話し、どこで聞いてきたんッスか?」
「聞いてきたっていうか、昨日、見たんだよ」
そう答えて、簡単に道場の裏で見たこと、聞いたことを話した。
真顔で黙って聞いていた岱胡は、最後に大きくうなずく。
「なるほど、そんならそれ、ホントの話しですよ、きっと」
と言った。
「どうしてそう思うのさ?」
「だって、あの人……鴇汰さんは、そういうことじゃ嘘はつかない人ですからね」
岱胡がそう言ったちょうどそのとき、ノックが響いて岱胡の隊の女の子が、コーヒーを持ってきてくれた。
受け取ってお礼を言うと、彼女は麻乃を観察するように見つめてきたあと、黙ったまま頭をさげ、そそくさと出ていってしまった。
ドアが閉まると、カップに口をつけながら岱胡がニヤリと笑った。
「緊張してやがる」
「なに? 今の子、あんたの彼女?」
「んなわけがないっしょ。ほかにちゃんといますから。だいいち、自分の部隊の子に手ぇ出してどうするんッスか」
「だって凄い目であたしのことを見たよ? ヤキモチ焼かれたかな? これ、飲んで大丈夫?」
急に持ってきてくれたコーヒーを飲むのが怖くなって、思わず岱胡に聞いてみた。
「俺が飲んで大丈夫なんッスから平気ですよ。あいつ、麻乃さんのファンですから」
「……は?」
「今回、珍しく持ち回りが一緒なのに、ずっと詰所にいないってボヤいてましたよ」
カッと顔が熱くなった。
小柄なせいで見下されることは多い。
舐めてみられても、腕前で黙らせる自信があるから、さして気にもとめていなかった。
慕ってくれるのは自分の隊員たちくらいだと思っていたし、麻乃自身、別にそれで構わないと思っている。
それが、ファンって――。
「結構、いるんですよ。知らなかったんスか?」
「知らないよ。舐められることのほうが多いもん」
「見た目と腕の差が激しいですからねぇ。でも、麻乃さんや巧さんを見て戦士を目指してる女の子って多いッスよ。男どもだって、最初は舐めてても腕前みて豹変しますからね」
気恥ずかしさで変な汗をかいてる気がして、一口でコーヒーを飲みきった。
「まぁ、いつも修治さんがそばにいるから、そいつらの淡い思いも儚く散るだけなんッスけどね」
「馬鹿なことを……修治とはなんの関係もないよ」
「そんなことはわかってますけど、お目付け役として君臨してるじゃないッスか。並のやつらじゃ越えられない壁ッスよね」
「確かにありがたい存在ではあるけどさ……ま、いいや、おなかも空いたし、とりあえず、いったん帰るよ」
麻乃は立ちあがって上着を正すと、岱胡を残して会議室を出た。
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