第157話 情報収集 ~麻乃 3~

 昼前に、麻乃はロマジェリカの地図に書き込みを済ませ、ヘイトの地図にはメモ書きを残して岱胡にあずけた。


「もし、あたしが夜に来れなくて、梁瀬さんが来たときにはこれを渡してよ」


「わかりました」


 地図上でのルートは頭に入っても、イメージがつかめないぶん、しっくりこない。

 麻乃は椅子の背に寄りかかり、ため息をついた。


「このあと、どうします? 飯でも食いに行きます?」


「食いにっていっても……あたし柳堀を出禁になってるからねぇ。道場に戻るよ。向こうでみんなが待ってるしさ」


「出禁! なにやらかしたんッスか!」


 徳丸も修治も巧も、ほかのみんなには出禁の話しをしていないようだ。

 岱胡の驚きぶりに、麻乃は苦笑いで返す。


「ちょっとね、揉めごとがあったんだよね。ま、気にするほどのことでもないよ」


「なにか要るものがあったら買ってきますよ」


「いや、今のところは大丈夫」


 立ちあがりかけたとき、外から鳥の囀りが聞こえてきて、麻乃はふと思い出した。


「岱胡さ、あんた人型の式神って見たことある?」


「人型ッスか? ない……と思うんスけど」


 顎に触れ、二、三度、首をかしげた岱胡は、自信なさげにそう言った。


「だよね、人型ったってさ、見た目ですぐそれとわかるのか、それとも本物と寸分違わないのか、って疑問じゃない?」


「う~ん、それを出したヤツの力量次第じゃないんスかね?」


 岱胡は近くにあったメモを手にして文字を書き込むと、ポツリとなにかをつぶやいた。

 手のひらに乗せていたメモをグッとにぎってから開くと、テントウ虫が手のひらを伝って指先に移り、飛び立った。


「俺のはこんな程度ですけど、偽物には見えないっしょ?」


 目の前の出来事に唖然として、麻乃は立ちあがって、壁に止まったテントウ虫を見つめた。


「梁瀬さんは当り前のようにいろいろ出して凄いッスけど、穂高さんもあれで結構大物を出しますよ。もちろん本物と寸分違わないですしね」


「岱胡も穂高も術が使えたの?」


「まぁ、それなりに勉強しましたからね」


 フッと鼻で笑って麻乃に視線を移した岱胡は、ちょっと得意気に胸を反らせてみせる。


「修治さんも確か鳥かなんか出しますよ。徳丸さんと巧さんは、簡単な回復術を使うし……まったくなにも使えないのは、麻乃さんと鴇汰さんだけじゃないッスか?」


「ホントに? 修治も? 初耳なんだけど」


「修治さんはあまり得意じゃないみたいですもん。それを出さなきゃどうにもならない、ってとき以外は使わないんじゃないッスか?」


 人には隠しごとがどうこうという癖に、修治だってこんな大事なことを言わないで黙っていたんじゃないか。

 そう思うと、麻乃はだんだんとムカムカしてきた。


 岱胡も、それなりに勉強したって言うけれど、麻乃はそれなりどころじゃない。

 相当、真面目に取り組んだ。


 けれど、何も得られなかったし使えなかった。

 だから仕方なく諦めて、腕を磨くことだけに専念してきたんだ。

 ジワジワと広がってくる苛立ちを収めようと、指先で机をたたいた。


「そんで、その人型がどうかしたんッスか?」


 広げた地図を一枚一枚、丁寧に丸めて机のはしに並べながら、岱胡が聞いてきた。麻乃は指先をとめて手を組んだ。


「うん、あのさ……」


 会議室のドアがちゃんと閉まっているか振り返って確認すると、机に肘をついて窓の外を見た。


「岱胡、昔さ……銀髪の女の人、見たことを覚えてる?」


 ずっと思い出したくないこととして気持の奥に封じ込めてきたし、そうしていても見かけるたびに切ない思いを感じていたからか、今でも考えると複雑な気持ちになってしまう。

 つい声のトーンが落ちる。


「あぁ、あのあとも何度か見ましたからね。目立つ容姿だし」


「そっか……」


「その人がどうかしたんッスか?」


「あの人、式神だったみたいなんだよね」


 ピタッと固まったように動きを止めた岱胡を、横目で見ながら麻乃は続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る