第151話 修復 ~麻乃 10~
「そりゃあ、あたしが作ると料理って呼べるものじゃなくなるのは自分でもわかってますけど、塚本先生といい、そうあからさまにホッとされると、若干イラッときますね」
「そうはいってもおまえ、あれは本当にひどいぞ? 俺はもう懲りたからな」
市原は不貞腐れてつぶやいた麻乃の背中をたたいて笑い、鴇汰をほめる。
「昼飯に夕飯とあれだけの量を作って、そのうえ、朝飯まで準備してあるってのは凄いもんだな。うちの連中も料理ぐらいはするが、そこまでは無理だぞ」
「なんだか、好きらしいですよ、料理」
「珍しい趣味だな」
稽古場の奥から、布団を出してきて敷いている市原を手伝いながら、麻乃は遠慮がちに声をかけた。
「明日なんですけど、うちのやつらがここに来るから、人手は十分だと思うんですよね」
「ああ、そうだろうな」
「それであたし、午前中と夜に少し、詰所に戻ってきたいんですけど……」
市原は布団にシーツを被せながら、麻乃に視線だけを向けた。
「そうだな、大丈夫だと思うが、なにかあったのか?」
「実は豊穣の準備が全然できていなくて……」
「おまえはひょうひょうとしてるから、こっちもうっかりしてたが、全然準備ができていないってのは一体どういうことだ?」
出発まで、もう日も迫っていることを知っている市原は、さすがに驚いて大きな声を出した。
「先生、あたし今度の豊穣で、初めてロマジェリカに行くんです」
「初めての国ならなおさら、早くに情報を詰め込まないとまずいだろうが」
「そうなんですけど……これまではずっとヘイトで……一度だけジャセンベルになったことがあるけど、いつも一緒にいたのが修治だったから、特になんの不安もなくて……今回も当然、修治とヘイトだと思っていて、それでなにも……」
「なんだ? 今回は修治とは一緒じゃないのか?」
小さくうなずくと、思い切って自分の中にあった不安をはき出してみようと思った。
一番話しやすい市原が相手で二人だけじゃなければ言えなかっただろう。
「それが今回に限って、みんないつもと違う組み合わせや初めての土地に当たったんです」
「全員がか? 婆さまの占筮がそう示したっていうのか?」
「はい。それであたし、今回は鴇……長田と一緒なんですけど、ついこのあいだまで大喧嘩していたんですよね」
「その割に、今日は普通に話しをしていたじゃないか」
市原は敷いた布団の上に胡坐をかき、窓の外へ視線を移すと、そう言った。
「今日は手伝いをしながらで、冷静に話しができたから……でも、少し前から、なんだか自分が自分でないみたいな、憤りや苛立ちが抑えきれなくて……このあいだは、言い合いをしながら無意識のうちに柄に手をかけていたし……」
「抜刀したのか?」
「そこまでは……柳堀でのこともあったし……でも、もし勢いで抜いてしまったら思うと、怖くて仕方がないんです。全然知らない土地に行って、万が一にもあいつを斬ってしまうようなことになったら……」
話しをしながら、麻乃は急に不安な思いに駆られた。
市原も考え込んだままだ。
「どう言ったもんかなぁ。こればかりは、おまえ以外の人間がどうにかできる問題じゃないからな」
「……はい」
「とは言え、自分の思いばかりを先行させて、豊穣をおろそかにするわけにもいかないだろう? 今はまず、準備をしっかりしておくしかないんじゃないのか?」
「そうなんですけど……」
「不安に思う要素を一つでもつぶしておけば、残りの問題も良いほうに流れていくことは多いぞ」
気持が沈んだのと同じくらい丸まった背中を、市原がまたバンと大きくたたいた。
「行く前から悪いほうにばかり考えるな。まぁ、大事なことだからな。しかも初めての土地ともなれば不安にもなるだろうが……なにしろ昔はあの高田先生でさえ、豊穣が近づくとピリピリしてたもんだ」
「高田先生が? なんだか想像がつかないですけど」
「だろう? だからおまえが全然準備できていないっていうのには驚いたが、不安になるのは良くわかるつもりだ」
そう言えば戦士たちは、蓮華が大陸へ渡っているあいだ、どんな思いで過ごし、待っているんだろう。
高田は大陸へ渡っているあいだ、泉翔に残した隊員たちをどう思っていたんだろう。
これまで、気にもしていなかったけれど……。
塚本を含め、三人はそれぞれその思いを知っているんだ。
「先生、前になにか見たら俺にも教えろ、って言ったこと、覚えてますか?」
そう言った瞬間、市原の顔がこわばって見えた。
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