修復

第141話 修復 ~麻乃 1~

 鴇汰が出ていったあと、塚本と市原が、入り口に固まっていた子どもたちを追い払いにきた。

 子どもたちは不満そうにしておもてに出ながら、口々に二人に問いかけている。


「先生、今の人、誰ですか?」


「新しい先生?」


「そんなわけがないだろう、彼は高田先生の客人で、しかも蓮華の一人だぞ」


 塚本の答えに、子どもたちが一斉に麻乃を振り返った。


「な……なによ?」


「麻乃ちゃん知ってるんじゃん」


「ここに来てるなんて知らなかったよ」


 琴子が頬を膨らませて言うのに、視線を逸らせて答える。

 そう、本当に麻乃はなにも知らなかった。


「そんなことより、あんたたちも今のうちにしっかり稽古しなよ。夜は移動なんだし、明日は体を休ませなきゃいけないでしょ」


 腕組みをして子どもたちをうながす。


「麻乃ちゃん、ちょっといいかしら?」


 道場の裏手から多香子が手招きをしている。

 なんだろう?

 そう思いながら駆け寄った。


「具合、大丈夫? 寝てなくていいの?」


「ごめんね、なんだか気分が悪くて……横にならせてもらうわね。それで麻乃ちゃんに頼んでおきたいんだけど、長田くんの手伝いをしてあげてちょうだい」


 麻乃は驚きで一瞬、言葉に詰まった。


「無理無理、無理だよあたし。市原先生か塚本先生でいいじゃない」


「駄目よ。二人は明日の準備で忙しいんだし、なにより知らない人と一緒じゃ、長田くんも困るでしょ?」


「だって……料理なんかできないもん……」


 なんとか言い訳を探してして逃れようとしていると、フッと多香子が屈み込んでしまった。


「ちょっと……やだ! 多香子姉さん、大丈夫?」


 その腕を取って体を支える。


「お昼の支度はほとんど終わってるのよ。ただ、今日は夕飯もここでしょ? そっちはまだ、なにも手をつけてないから……ね? お願い」


 触れた腕の感じでは、熱はなさそうだけれどつらいだろうことは見てわかった。

 仕方なくうなずく。


「うん。わかった。ちゃんと手伝ってくるから、多香子姉さんはもう部屋で休んでよ」


 麻乃は多香子を立ちあがらせると、部屋まで送り、いったん、おもてへ出てから調理場を手伝う旨を塚本に伝えた。

 料理の腕前を知っている塚本は、苦笑いを浮かべていたけれど、人手がないしな、と諦めた表情で大きなため息をついた。


 廊下を重い足取りで調理場へ向かう。

 中からガタゴトと物音が聞こえてくる。

 胸の中にモヤモヤが燻っていて、声をかけづらかったけれど、多香子と約束してしまった以上、手伝わないわけにもいかない。


 フーッと一息つくと、麻乃は意を決して中へ入った。


「……なにか手伝うこと、ある?」


 突然声をかけたせいで驚いたのか、鴇汰の肩が揺れた。

 その拍子に指を切ったようで、イテッ、とつぶやいて指先を口に持っていくのが見えた。


 慌ててそばに寄ると、後ろから鴇汰の腕を取って引き寄せた。

 指先からポタリと血が落ちたのを見て、全身の血が引いていく気がした。


「ちょっと大丈夫? ごめん、急に声なんかかけたから……深く切っちゃった? どうしよう……医療所……」


 オロオロとしながら、どうしたらいいのか考えていると、腕をつかんでいた手を引き離された。


「なにを焦ってんだよ。こんな切り傷で医療所なんか行くわけないだろ。それより絆創膏くれよ」


「えっ? あ……うん、ちょっと待ってて」


 勝手口の近くにある棚の中から救急箱を取り、中から絆創膏を出した。

 麻乃は黙ったまま鴇汰の手を引き寄せると、指先に巻いた。

 すぐにジワリと血が染みるのを見て、また寒気がする。


「止まんないじゃん! やっぱり医りょ……」


 言いかけた麻乃の頭に、手刀がポコリと振りおろされて、思わず顔をしかめて鴇汰を見あげた。


「焦るなって。麻乃は斬られてもすぐに血が止まるのかよ? 少しのあいだくらい止まらないのは当たり前だろ。こんな小さい傷なんだから、大丈夫だっつってんだろーが」


 頭をさすりながら冷静に考えてみると、確かに鴇汰のいうとおりだ。

 真っ赤に染まった絆創膏を外し、新しく巻き直してやる。


「それより手伝ってくれんだろ? 昼の支度はほとんど済んでるって言うし、夕飯の献立も聞いてあるから、簡単な準備だけ手を貸してくれよ」


「あ……うん」


「そんなら、そこの玉ネギの皮、むいといて」


 周りを見回した。

 調理台にも流しにも玉ネギは見当たらない。


「そこってどこ?」


「そこだよ」


 鴇汰が指さした流しの横に大きな段ボールが二箱あった。

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