第142話 修復 ~麻乃 2~

「は……? まさかこれ全部?」


「一箱な、もう一箱はパプリカが入ってるから、玉ネギの皮をむき終わったら、パプリカを半分に切ってヘタとワタを取っといてくれよ」


「う……うん。わかった」


 袖をまくり、早々に取りかかった。

 箱を開けると思ったよりたくさん入っていてゲンナリしたけれど、できるだけ早く済ませようと、黙々とむいた。


 鴇汰のほうは、手際良く動いている。


 そういえば、鴇汰が作ってくれた料理を食べたことはあっても、実際に作っているところを見るのは初めてだ。

 ペリペリと皮をはがしながら背中を眺めていると、不意に鴇汰が振り返り、目が合った。


「なんだよ?」


「いや……それより鴇汰、なんでここにいたのさ」


 そう問われると、ただ見ていただけとは気恥ずかしくて言えず、麻乃はつい、口調を尖らせて横柄ないいかたをしてしまった。


「昨日さ、ここの高田さんに手紙を届けてくれって、巧に頼まれたんだよ」


 そう言ってまた、鴇汰は麻乃に背を向け、調理の続きを始めた。少し安心してまたその背中を眺め見た。


「ふうん……普通に出すんじゃ駄目だったんだ?」


「なんかな、急ぎで返事が必要なんだってよ。自分で行けって言ったんだけど、今日から北だし、昨日は子どもたちと約束があるって言うし、そういうの、邪魔するわけにはいかねーだろ?」


「そりゃ、そうだろうけどさ。それなら、あたしに言ってくれれば良かったのに」


 そうなんだ、そう答えれば済むのに、余計な一言をもらしてしまう。

 そんな自分に嫌気が差す。


「だって麻乃、すぐ帰っちまったじゃんか。だから巧も、休みの俺に言いにきたんだろ」


「しょうがないじゃん、急いでたんだから。それにあのとき、あんたたちみんな黙り込んじゃってさ」


「あれは梁瀬さんが――!」


 そう声をあげて振り返った鴇汰の顔は、ムッとしている。

 麻乃と目が合うと、鴇汰はすぐに逸らしてため息を漏らした。


「……まあいいや。俺、別に麻乃と言い争いするために、ここに来たわけじゃねーし」


 鴇汰は黙ってしまい、また背中を向け、大鍋を火にかけている。

 沈黙が続く中、なにかを炒めている音と、玉ネギの皮をむく音だけが、調理場に響いた。

 数十分たち、ようやく全部むき終わった玉ネギを調理台のはしに寄せ、次にパプリカに取りかかる。


「これってさ、いつもあの人が一人でやってんだろ?」


 鴇汰が背を向けたまま、問いかけてきた。

 険悪な雰囲気にならなかったことにホッとする。


「多香子姉さん? そうなんだよね。こうやってみるまでわからなかったけど、大変な作業だよね」


「だよな。いくら好きでも、この量を毎日はキツイと思うぜ」


 香辛料の香りが広がって食欲が湧いてくる。


「お昼はカレー?」


「そう」


「あ、じゃあ玉ネギ……」


「それは夜のぶん」


 ということは、カレーに使うぶんはもう既に用意されていたのか。

 そう思うと、やっぱり多香子は凄い。


 パプリカを半分に切ってヘタとワタを取りのぞいた。

 黄色と赤が鮮やかで見ていてほんの少しだけ、気分が良くなる。


「これ」


 鴇汰が麻乃の目の前に、小さな御膳を出してきた。


「お姉さんに。麻乃にとって大事な人なんだろ? もし食べられるようならどうぞ、って持っていってやれよ」


「なに? これ」


「ちょっとしたスープだよ。飯が無理でも、それなら絶対イケるから。具合が悪くても、少しはなにか腹に入れといたほうがいいだろうしな」


 素直に御膳を受け取り、多香子の部屋に向かった。


「多香子姉さん、入るね」


 布団に横になっていた多香子が体を起こした。


「ご飯、食べられそう?」


「あまり食欲がないのよ。でも、だいぶ楽になったわ」


「本当? 無理しないでね」


 そう言って、小さな机を引き寄せると、御膳を置いた。


「これ、鴇……長田が、食べられるようならどうぞ、って」


「あら、ありがとう……じゃあ、少しだけいただこうかしら」


 布団の脇まで机を近づけると、多香子は正座をして机に向かい、スプーンを手にした。

 一口、二口と口へ運ぶと、何度かうなずいている。


「前にいただいたお弁当とオレンジケーキ、あれ、長田くんから?」


「うん」


「彼、凄いのねぇ」


 そうつぶやくとクスリと笑った。


「ねぇ、なんでわかったの?」


「とてもおいしかった、って伝えてくれる?」


「……うん」


 麻乃の問いかけには答えてくれず、伝言だけ頼まれた。


「じゃあ、あたし戻るけど、ちゃんと休んでいてよね」

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