第139話 下準備 ~鴇汰 2~

 ちらりと高田の顔を見ると、洸の答えを予想していたのか頭をさげてくる。


「私からもぜひ頼みます」


「……わかりました。使うのは今日が初めてでしたよね?」


「はい!」


 高田にたずねると、その返事より先に洸が答えた。

 真っすぐに見返してくる目に、なんだか好感が持てる。


「それなら、本当に基礎の基礎を……構えや振りかたでいいよな?」


 洸がまた、大きくうなずく。


「塚本、大剣を二振り頼む」


 高田は手をたたいて近くにいた師範を呼ぶと、指示をして準備をさせた。

 差し出された大剣を受け取ると、洸と向き合った。


 まだ十六歳の癖に結構デカイ。

 穂高と大して変わらない背丈じゃないだろうか?

 これからもっと伸びるとなると、確かに大剣を使ったら面白いかもしれないと、鴇汰も思う。


「基本的には、刀とそんなに変わんねーのよ。握りも振りも」


 中段に構えてから、鴇汰は横流しに振っていみせた。


「ただ、厚みや重みが全然違うから、振り一つでも腕の持っていかれかたが違う」


 空を斬る音が刀のそれと違うことに驚いたのか、洸が目を見張っている。

 なにか理由があるのか、単に興味や好みなのかはわからないが、洸は熱心に鴇汰の言葉に耳をかたむけていた。


 飲み込みも早いようで、あっという間に板について見える。

 ただ、腕力に自信があるからなのか、どうも腰のすわりが悪い。


「腕だけで振り回そうとしても駄目なのよ。腰を入れないと、簡単に弾かれたり落とされたりする。最悪、体を痛めることにもなる」


 そう話しながらも、鴇汰はやっぱり人になにかを教えるのが苦手で、ちゃんと伝わっているのか不安になった。

 とりあえず型どおりに構えさせ、安定しない部分や位置、バランスの悪い所を直してやった。


「続けていけば動きは自然に身につくけど、それだけじゃ追いつかないところも出てくる。腕力はありそうだからいいとして、足腰をしっかり鍛えろよ」


 そう言って鴇汰も大剣を握ると、今度は打ち込みをさせながら受けかたを教えた。

 慣れない重みに疲労しているのが見てわかる。

 体の割に、スタミナが足りないのだろうか。


 踏み込んできた瞬間、腕だけで回そうとしていることに気づいた。

 受けずに流し、大剣がさがったところで刀身を蹴り飛ばした。

 洸の手から大剣が弾かれて、大きな音を立てて床に落ちた。


 肩で息をして驚いた顔を向けてきた洸に近づくと、鴇汰も大剣を床に置き、洸の腕を取った。

 肩から二の腕、腰、太腿とふくらはぎを順番に、握るように触れてみる。


「なんですか?」


 不審に思ったのかされるままになりながらも、洸が疑問を投げかけてきた。

 ふくらはぎの感触を確かめてから、鴇汰は屈んだまま、洸を見あげて睨んだ。


「おまえ、最近ダレてたろ?」


 ピクッと洸の体が震える。


「技術だけあげてどうにかなるなんて勘違いしてる年齢じゃねーだろ? こんだけの道場にいて基礎がなってないはずがねーもんな。どんだけサボったんだよ。おまえ」


 立ちあがってため息をつくと、平手で洸の頭を引っぱたいた。


「刀を振るってるうちは、これまでの経験やらでごまかせたかもしれないけどな。大剣じゃそうはいかねーぞ」


 二本の大剣を拾いあげると、肩に担ぎ、高田のほうを振り返った。


「こいつ、筋力と基礎、今のうちに取り戻さないと、印を受けても役に立たなくなりますよ」


 そばにいた師範の男が二人、感心したように鴇汰を見つめている。

 高田は大きくため息をついた。


「洸、わかったか? 私たちのこともごまかせていると思ったのかも知れないが、技だけをいくら磨いたところで、見るものが見ればすぐにわかるのだよ」


 洸の体が小さく見えるほど萎縮している。


「まぁ、今からでもしっかり鍛えとけよ。印を受けて訓練所に入ったときにきつくなるからな。そのときにまだ、大剣を使ってみようと思うんなら、また教えてやるから」


 パッと顔をあげて振り向いた表情は、まだ続きをやる気でいるらしい。

 洸の軽く背中をたたいてから、鴇汰は近くにいた師範に大剣を返した。


「さすが蓮華だな、動きだけで良く気づいてくれたよ。あれには最近、手を焼いててな」


 苦笑いで受け取ってくれ、洸のほうへ視線を向けている。


「いえ、俺にも昔、あんな時期がありましたから……最も俺は当時、あいつよりガキだったので取り戻す時間は十分ありましたけど」


 高田に懇々と諭されている洸の姿は、さらに小さくなっているように見える。

 不意に視線を感じて入り口に目を向けるといつからいたのか、洸と同じ年ごろの子どもたちが大勢のぞいていた。

 その中に麻乃の姿が見えて、心臓が大きく鳴った。

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