第137話 下準備 ~麻乃 1~

 詰所で隊員たちに指示を出してから道場へ戻ってくると、まず高田にあいさつをした。中央で買ってきた野菜類を多香子にあずけ、麻乃は耕太たちのところへ向かった。


「あ、麻乃ちゃん、久しぶりじゃん」


 琴子が気づいて声をかけてくる。

 洸や耕太やほかの子どもたちは姓で呼ぶのに、琴子だけは名前にちゃんづけで呼びかけてくる。


「ねぇ、その呼びかたさぁ、やめにしない? あたし、これでも一応、立場ってもんがあるわけよ」


「立場だなんて格好つけちゃって。私より大きくなったら、藤川さんとか麻乃さんとか呼んであげてもいいけどね」


 フフン、と琴子は鼻で笑って麻乃を見おろしてくる。

 憎らしいことに、八歳も年の離れた琴子のほうが麻乃よりも大きい。


 こうやって比べることがあると、つくづく泉翔人は誰もが大きいと実感してしまう。

 耕太や洸など、もう穂高たちとそう変わらない上背だ。


「そんなことを言ってられるのも、あと少しだよ。洗礼を受けて印をもらったら、否応なくあたしの立場や存在を思い知らされる。軽口なんてたたいていられないからね」


 腕を組んで琴子たちを見あげると思い知らせるように意地悪くニヤリと笑ってそう言った。

 琴子の顔色がサッと変わり、その後ろの耕太や正次郎までハッとした表情で振り返った。


「なに? あんたたちみんな、本当に緊張してるんだ?」


 反応の速さに驚いて問いかけると、いつもなら喰ってかかってくるほどに元気なのが黙りこくったままだ。


「ふうん。ビビってるんだ?」


「ビビってるんじゃねぇよ」


 雅人がうつむいたままつぶやいた。

 こっちも思った以上に元気がない。


「あんたたちの腕前だったら、少しくらい腕の立つ相手でもいい線いくでしょ? 相手が強いほど燃えてこない? 自分の腕がどこまで通用するか、とかさ」


「今までは、そう思っていたけど……なぁ?」


 耕太が同意を求めるように言うと、全員がうなずいている。

 本当に覇気のない姿に、ちょっと意地悪を言ってみたことを後悔してしまう。

 どうやら思っていた以上に、これからのことに重みを感じているらしい。


「別にさ、最後の演習の結果が洗礼に影響するわけでもないんだから、あんたたちは思いきりやればいいんだよ」


「そんなことはわかってるよ」


「それならしっかりしなよ。そんな覇気のない姿、らしくないよ。勢いがいいのが取り柄なのに消沈してたんじゃ、実力の半分も力が出なくなる」


 麻乃は腰に手を当て、みんなを見回す。


「それとも戦士より、なりたいものでもある? 本当は印を受けたくない、とか?」


「そんな訳ないだろ! 俺たちは戦士になることだけを目指してきてるんだ!」


「だったら、シャンとしなよ。あんたたちなら絶対に大丈夫だから」


 そう言いながら琴子の背中を思い切りたたいた。

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