第128話 再来 ~巧 3~

 麻乃が使っている詰所の部屋は、中央での部屋がそのまま越してきたようになっていた。

 散らかし魔だとは聞いていたけれど、なかなかのものだ。

 とりあえずベッドの周辺は片づいている。

 大石が横たえ、今は香織がついていた。


「なんだか凄いことになってるわね」


「ええ、でも自宅に比べたら片づいているほうですよ」


「これで?」


 呆れ果てて部屋を見渡した巧の後ろで、香織はクスクスと笑いながら洗い物を始めた。


「私たちはこの人のこんなところが、人間味を感じて好きですけど」


「ええっ! あんたたち、ちょっとおかしいんじゃないの? もっとちゃんとさせなさいよ」


「きっと、うちの隊長は剣術以外のことは、どこかに落っことしてきちゃったんですよ」


「まったく、良くできた隊員たちだこと」


 机の上に散らばった本の山を本棚に納めながら、巧は釣られて笑った。

 唸り声が聞こえて振り返ると、麻乃がうなされている。

 斬られた頬に貼られたガーゼに、そっと指で触れた。


 この程度で済んだのは良かった。

 また大きな怪我でもされたら、相当に落ち込むだろう。

 そのまま額にかかった前髪を払ってやった瞬間、目を覚ました麻乃が飛び起きた。


 驚いて手を引いた巧に、麻乃はまっすぐ視線を向けてくる。

 突然、痛いほど強く両腕をつかんできた麻乃は、巧の腕の感触を確かめるように何度か握り、今度は腰の辺りをさらに強い力で抱きしめてきた。


「ちょっと……なによ? どうしたっていうの?」


「巧さん……本物だよね? い……生きてるよね? 傷は……?」


 腰に回された手をそっとほどき、こわばった麻乃の肩をなでた。


「あんた一体、なにを言ってるのよ? 生きてるって、当たり前じゃないの。私は無傷よ」


「無傷……? そうだ、みんな……みんなは!」


 両手で頭を抱え、うつむいていた麻乃は突然顔をあげ、怯えた声で叫んだ。


「あんたのところのやつらなら、今ごろは談話室じゃ――」


 言い終わらないうちに布団を跳ねあげ、部屋を飛び出していく。


「ちょっと! お待ちよ!」


 香織を残し、急いで麻乃のあとを追った。

 大きな音を立てて談話室の扉を開き、肩で息をしながら震える声で隊員たちを次々に呼んだ。


「大石と高尾は?」


 突然飛び込んできた麻乃の姿に、その場にいた隊員たちはみんな驚いて振り返ったまま、動かない。


上野うえの今井いまいも、それから里子……高橋たかはしは?」


 叫ぶ麻乃に呼ばれた隊員たちは、唖然とした顔で立ちあがった。


「一体どうしたっていうんです?」


 豊浦が怪訝な顔で麻乃にたずねた。

 麻乃の背中が震えている。

 巧がその背に触れると、腰から崩れ落ちて座り込み、両手で顔を覆った。


「みんな……無事だった……」


 また麻乃が倒れたと勘違いした隊員たちが慌てて立ちあがり、周辺に集まる。


「あんた一体、なにがどうしたっていうのよ? 多少、怪我をしたやつもいるけど、みんなは無事よ?」


 しゃがんだままの麻乃の腕を取ると、ゆっくり立ちあがらせ、そばにあった椅子に腰をかけさせた。


「誰か、コーヒーでも淹れてきてよ、うんと濃いやつをね」

「あ、じゃあ私が」


 里子が立ちあがり、出ていった。

 放心したままでいる麻乃の背中を撫で、巧は優しく話しかけた。


「今日はね、あんたの部隊の連中は良くやったよ。敵兵もかなりの数を倒した。何人かは腕や足に切り傷を負って医療所に行ってきたけど、みんなかすり傷程度よ」


「かすり傷……」


 里子が戻ってきて巧と麻乃の前にコーヒーを置き、隊員たちにも順番に配っていくのを、麻乃は目で追っている。


「まずは一息つきなよ」


 小さくうなずいてカップを手に、ため息をついた麻乃はやっと落ち着いたようだ。

 隊員たちも、それを見て安心したのか雑談を始め、部屋の中がにぎやかになる。


「今日……最後に相手した小隊に庸儀の諜報だったやつがいたんだ」


「うん、私も気づいたわ」


「腕が劣るとは絶対に思えないのに、あたしの攻撃が全然当たらなかった……それに……」


 背中に視線を感じて目線を移すと、小坂と目が合った。

 雑談には混ざらずに黙ったままで椅子に腰をかけ、こちらを見ている。

 ジッと聞き入っていた小坂が、巧に対してうなずいたように見えた。


「それにあたし、敵兵を倒したつもりが、みんなを斬っていた……」


「えっ?」


 小坂のほうに目を向けていたせいか良く聞き取れず、麻乃に目を戻して聞き返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る