第129話 再来 ~巧 4~
「ちゃんと確認してたのに、刀を振るうたびに倒れていくのは大石や巧さんの隊員で……あたし、頭がおかしくなりそうで……」
「そんな馬鹿な……あんたが倒したのは間違いなく全部が敵兵だったわよ」
それで目が覚めた瞬間、麻乃はあんなに動揺していたのか。
敵兵を倒したつもりが自分の隊員を斬っていたなんて、気が触れそうになるのも当然だろう。
「安心しなさいよ、本当にみんな、無事だからね」
麻乃がひどく小さく見えて、その背中をもう一度さすってやる。
「あたし、このごろ全然役に立ってないよね。なんでこんなにみんなの足手まといにしかならないんだろう。自分がこんなに役立たずだとは思わなかった」
「馬鹿をいうんじゃないわよ、たまたまおかしなことが続いたからって。あんたはこれまで十分過ぎるほど動いてきてるのよ? あんたが役立たずだったら私らなんて、戦士としてやってらんないわよ」
「だって……」
「変なことばかり考えないの。今夜は七番の子たちを連れて、花丘にでも行っておいしいものをたっぷり食べてきなさい」
カップに口をつけてコーヒーを飲んだ。
やけに苦くて、巧は思わず顔をしかめた。
「報告書は次の会議に間に合えばいいんだから、このあとは食べるものを食べて、ゆっくり休みなさい」
「でもあたし、今夜は道場に行かないと」
「それも明日になさい。私が行って、ちゃんと伝えてきてあげるから」
麻乃の顔がホッとしたように見えて、高田のことを思い出し、つい口もとが緩む。
それを隠すように小坂を振り返り、手招きをした。
「小坂。そういうことだから、みんなを集めてよ。これのお守もしっかり頼むわよ」
「わかりました」
立ち上がって隊員たちを呼びにいったのを確認してから、麻乃を立ちあがらせてその腰をたたき、しゃんとさせた。
全員が車に乗り込み、走り出していくのを見送った巧は、最後に車を出そうとしている小坂を呼び止めた。
「麻乃だけどね、しっかり見ていてやってちょうだいよ」
「わかってます。あの人、近ごろどうも様子がおかしいですからね」
「やっぱり気づいてた?」
「当たり前ですよ。これでもあの人が蓮華として部隊を持ってから、ずっと一緒にやってきていますので」
「そういえばそうだったわね、じゃ、よろしく頼むわね」
小坂の肩をたたき、踵を返すと宿舎に戻った。
出かけるための身支度を整えると、西区出身の隊員を呼んで麻乃の通った道場へ案内をさせた。
辺りは暗くなり始め、道場にはもう門弟の姿はなく、ひっそりと静まり返っていた。
裏手に回ると、勝手口から声をかける。
一人の女性が顔を出し、巧は中へ通された。
「失礼します」
案内された部屋へ入ると、修治の姿もあった。
「ああ。あなたでしたか。今日はお忙しいのにお手間を取らせてしまい、大変申し訳ありませんでした」
「いえ。こちらこそ慌ただしくしてしまって……」
「本当でしたら、私のほうからご挨拶に伺わなければならなかったのですが、今日はこのあと、少々予定がありましてね」
「それなんですが、麻乃の様子がおかしかったものですから、隊のものたちと花丘へ出しました。それで今日は、こちらに来られないということを伝えに参った次第です」
「そうでしたか」
「余計な真似かとは思ったのですが……明日には私が責任を持って、こちらへ寄越しますので」
深々と頭をさげたのを制され、顔をあげると高田の表情は笑みをたたえている。
「まったく、あれの周りには本当に人柄の良いかたが多くて驚かされます」
案内をしてくれた女性が巧と高田、修治の前にお茶を出してくれながら、その言葉に小さくうなずいている。
「今度のことでも、クマや松恵、これ……娘からも、きつく言うなと散々念を押されましてね」
手伝いの女性かと思ったら娘さんだったとは。
歳のころは自分と変わらないように思うと、やはり高田は自分の親と同じ年代だろうと思った。
娘さんが部屋を出ていくときに、修治と視線を交わしたのを横目で見た。
「まぁ、そう構えずに来るようにと、伝えてやってください」
「わかりました」
委縮した麻乃の姿を思い出し、クスリと笑って返事をした。
「巧、麻乃のやつから、なにか話しは聞けたのか?」
修治の頭には、そのことしかなかったらしい。
とりあえず出されたお茶をいただいて喉を潤した。
「今日の敵襲ですが、ずっとご覧になられていましたか?」
問いかけに高田は腕組をしたまま、うなずいた。
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