第122話 再来 ~巧 2~

 岩場に続く道の手前でとめさせると、車をおりて高田に声をかける。


「ここからは、数分歩きますけど気づかれずに様子を見られる場所が、近くにありますから」


 そういって、巧は先に立ち、岩場の見おろせる茂みに高田を案内した。

 隊員の聞いてきたとおり、岩場に麻乃たちの姿が見えた。


 釣れていないのか、隊員たちと並んで腰をおろしてぼんやりとしている。

 高田がついてくる気配を感じず振り返ると、巧のすぐ後ろに立っていて驚いた。


(さすが……まるで気配を感じないじゃないの)


 麻乃のほうはこちらに気づく様子もなく、隊員たちとなにか話しては浮きを眺め、ため息をついている。

 痺れをきらしたのか、数人の隊員が上着を脱いで海へ飛び込んだ。


「なにやってんだよ! ただでさえ釣れてないのに潜ったら、余計に逃げられちまうだろうが!」


 誰かが叫んでいる。

 麻乃は釣竿を握ると何度か揺らしてから引きあげた。

 飛び込んだ隊員の一人の服に引っかかったらしく、水面から顔を出して怒鳴っている。


「なにすんですか! もう!」


「おおっ、大物がかかったよ!」


 そんなことを言いながら、数人の隊員たちとふざけ合っている。

 潜った一人が蛸を獲ってあがってきた。

 腕に巻きつかれた吸盤の痛みに、必死で引きはがそうとしている姿を見て、麻乃は大笑いをしている。

 その様子を、高田は目を細めて見つめていた。


(シュウちゃんが、麻乃にとっては親同然の人だって言っていたっけ)


 元蓮華で師範、屈強な姿とは裏腹に優しげな目で、麻乃を心配している親心が垣間見える。

 巧も人の親として微笑ましさを感じた。


「なんだ。おまえも来たのか」


 前を向いたまま不意に高田がつぶやき、なんのことだかわからずに首をかしげると、巧の背後から声がした。


「麻乃があんなに屈託なく笑うのを見たのは、ずいぶんと久しぶりのような気がしますよ」


 驚いて振り返るといつからいたのか、修治が立っている。


「シュウちゃん、いつの間に来ていたのよ?」


「ついさっきな」


「ああやって、誰の目を気にするでもなく自然に笑えるのは、隊員たちとは、いい関係を築けているということだろうな」


「麻乃の隊は、気さくなやつばかりですから」


 高田は背筋を伸ばして立ち上がると、腰を軽くたたいた。


「とりあえず、多少なりとも食材の調達はできたか」


 そう言って高田は、真っすぐ麻乃を見すえている。


「これだけ揃うと、さすがに麻乃も気づくでしょうね」


 修治の答えに高田がうなずき、手で下がれと言うかのように合図をした。


「ちょっと……なに?」


 問いかけたのを遮るように修治に引っ張られ、巧は茂みにしゃがみ込んだ。

 その瞬間、麻乃がハッとこちらを向いたのが見えた。

 枝の隙間からでも顔色が変わったのがわかる。


 勢い良く立ちあがると、そのまま海へ飛び込もうとした。

 あっ、と思って巧が腰を浮かしたときには、高田はもう岩場にいて、麻乃の襟首をつかんでいた。


「えっ? たった今、ここにいたのに――」


「うちの先生はスピードが尋常じゃないんだよ」


 驚いた巧に修治が苦笑いでささやいた。

 突然のことで、隊員たちも呆然としている。


「古株連中は、みんな高田先生のことを知っているからな。なんで麻乃があの状態なのかわかっているさ」


「私と対峙して逃げられると思ったか?」


 高田の低い声がここまで響いてきた。中央では勇んでいたのに、今は借りてきた猫のように覇気をなくした麻乃の姿に、つい吹き出しそうになる。


「最初から素直に顔を出しとけば、ここまで乗り込まれることにはならなかったのに。馬鹿なやつだ」


「そうはいっても、あんたたちの先生は凄いじゃないの。あれじゃ、麻乃が逃げるのもわかるわよ」


「捕まったから、今夜はこってり絞られるだろうな。けどまぁ、隊のやつらとはうまくやっているようで、ホッとした」


「シュウちゃんも心配性ねぇ……」


 堪えきれず、クスリと笑ったとき、岩場が突然ざわついた。


「敵艦だ!」


 誰かが叫ぶ。

 立ちあがり、水平線のほうを見ると、まだ遠いけれど確かに敵艦が数隻、確認できる。


「まずい! 急いで戻らないと! シュウちゃん、あんた高田さんをお願い!」


 巧は岩場に飛び出した。


「麻乃! あんたは先に私と戻るんだよ! あんたたちは残りの連中にすぐに知らせて急いで支度を!」


 巧の指示に、隊員たちは弾かれたように自分たちの車に戻り、ほかの隊員たちを迎えに出た。

 麻乃は手を離した高田に二言、三言なにかを言うと、すぐに巧のあとを追って駆け出してきた。

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