再来

第121話 再来 ~巧 1~

「中村隊長、お客様がいらっしゃってるんですけど……」


「私に客? ……誰かしら?」


「今、会議室でお待ちいただいています」


 西詰所の三番の部屋で本を読んでいたところを、巧は隊員に呼ばれて会議室へ向かった。

 中には徳丸と同じくらい大柄の、年配の男性の姿があった。

 柔和な表情をしているけれど、隙がなく目が鋭い。

 巧に気づくと、男性は椅子に腰をおろしたまま目礼をした。


「腰をかけたままで申し訳ない。少々、背を患っていましてね」


「いえ、どうぞそのままで……お待たせして申し訳ありませんでした。中村と申します」


「私は高田と申します。今日は藤川を訪ねて来たんですけれどね、どうも逃げられてしまったようで……もし居どころに心当たりがおありなら教えていただけないかと思い、声をかけさせていただきました」


「ええ、それは構いませんが、失礼ですが藤川とは?」


 不審に思いながらも、巧は表にいる隊員を呼び、残っている隊員たちに麻乃の居どころを知っているものがいないか、聞きに行かせた。


「門弟でしてね。あれの通った道場で師範をしております」


「あぁ、それじゃあ、あなたが元蓮華のかたですか」


 歳は巧の父親と変わらなく見えるのに、その体躯は今でも現役で通用しそうで、なによりその隙のなさと威圧感が凄い。

 もう蓮華として十六年もやってきているけれど、今、立ち合っても敵う気がしない。

 なるほど、これなら前に、麻乃がうろたえながら道場へ戻って行ったのもわかる。


「以前、安部からお噂をうかがいました」


「そうですか、あれも一体どんな噂をしてくれているのやら」


 高田は豪快に笑った。こんなところも、どこか徳丸に似ているようだ。


「まぁ、そんな関係なものですから、先だっての柳掘のことで呼び出しましたら、すっかり逃げに回られてしまって」


 それもわかる。そりゃあ、さすがに麻乃も逃げるだろうと思った。

 つい、口もとが緩む。


 こんな恐ろしい相手に、修治や麻乃は一体どんなふうに鍛えられてきたのか。

 あの歳であの腕前、相当厳しく鍛えられたことだろう。

 ノックが聞こえ、使いにやった隊員が顔を見せた。


「ちょっと失礼します」


 巧は断ってから立ちあがり、いったん会議室の外に出た。


「今日は七番のやつらは海のほうへ行っているようです。砦とは逆の、岩場あたりに行くと言っていたのを聞いたものがいます」


「海へ? なんだってそんなところに」


「食材調達じゃないですか?」


「あぁ、そうか。ま、山じゃなかっただけマシかしらね。あんた、ちょっとおもてに車を用意してちょうだいよ」


 指示をしてまた会議室へ戻ると、高田は眉を寄せ、何か考え込んでいた。


「お待たせしました。藤川は今、海岸にいるようです。居場所の見当はついているので、ご案内します」


「そうですか」


 そう返事をして、また何かを考えるように目を閉じてから、ひどく重そうに腰をあげた。


「では、お言葉に甘えさせていただきます」


 おもてに出て車に乗ると、すぐに海岸へ向かわせる。


「そう遠くないところにいるようなので、すぐに着きますけど、見つけたらまず声をかけますか?」


「いや、とりあえず様子を見てからにしましょう。隊員たちと一緒なら、普段の様子も見てみたいので」


 巧はうなずいてから、運転を任せている隊員に、少し離れた場所で止めるよう指示を出した。


「そういえば蓮華の長田くん、彼は最近、どんな様子ですか?」


「長田……ですか? そうですね、以前に比べて落着きがない感じですけど、元気にやっていますよ」


「落着きがないというのは、感情がですか? それとも行動という意味で?」


「どちらにも通ずると思います。感情が動いて行動が伴う、その逆もしかり……長田の場合はまず行動でしょうか」


「そうですか」


 高田はそう返事をしたきり、黙ってしまった。


(どうしてここで鴇汰の名前が?)


 鴇汰は東区の出身で、西区の道場には関わりがないだろう。

 それとも麻乃絡みで修治からなにか聞いていて、単に気になっただけだろうか?

 それにしては、最近の様子が云々となると、以前の鴇汰を知っていなければわからないだろう。

 巧は、ふと、修治が麻乃と鴇汰の感情の動きが似ていると言ったことを思い出した。

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