第123話 再来 ~麻乃 1~

 巧とともに西詰所に戻ると、もう監視隊からの連絡が入っていて、巧の部隊は出撃の準備を済ませていた。


「敵は?」


「敵は庸儀、五隻に恐らく五千の兵とのことです」


「そう。まぁ、大したことはないわね。とはいえ麻乃、あんたのところは初陣よね? 大丈夫?」


 巧が支度をしながら振り返って麻乃に問いかけてきた。

 上着を羽織り、刀を確認してうなずく。


「ねぇ、巧さん……庸儀なら、あの女がいるかもしれないよね」


 一瞬、巧の動きが止まった。


「そうね……うん、いるかもしれない」


「もしもいたら、あたし……あたしに任せてくれないかな?」


 巧は隊員たちに、先に詰所を出て堤防で待機するよう指示を出すと、麻乃を振り返った。


「駄目よ。あんたは自分の部隊を動かさなきゃならないでしょ。あんな女にかまけて自分の隊をおろそかにしようって言うの?」


「違う……! そうじゃないよ、そうじゃないけど、だって……」


 グッと麻乃の肩をつかんできた巧は、きっぱりと言った。


「サポートはする。あんたの選んだ隊員たちだ、そう心配するものじゃないとは思う。でもね、まずは雑魚が先だよ。あの女とやり合いたかったら雑魚を蹴散らしてからだよ」


 麻乃の隊員たちも、支度を済ませて詰所に戻ってきた。


「あんたたち、その格好……」


 麻乃と同じ濃紺の上着を、部隊全員がまとっている。


「実はこのあいだ、東に行ってあつらえてきました。引き締まって見えますかね?」


 ぽかんと口を開けたまま、言葉も出ない麻乃に変わって、巧が感心したように言った。


「気合が入ってていいじゃない、七番らしいわよ。さ、行こうじゃないの」


 巧が踵を返して出ていったあとを急いで追った。

 全員が堤防に集まっている。

 敵艦はもう、浜辺に近いところまで来ていた。迎え撃つ準備は万全だ。


「敵は恐らく五千、それに間違いがなければあんたたちは、一人あたり最低でも二十五倒すんだよ。残りは六番が持つ。いい? 一人でも多く倒してあんたたちの隊長の体を空けてやるんだ」


 巧が麻乃の隊員たちにそう指示を出し、全員がそれに答えている。

 麻乃は驚いて、巧の顔を見あげた。


「巧さん……」


「麻乃、二十五よ。それが済んだら、存分におやり」


 ニヤリと笑ってそういうと、巧は自分の隊員たちに指示を出した。


「ありがとう」


 あらためて隊員たちに向かい、対応の指示を出して堤防を駆けおりた。

 敵艦を見すえて鬼灯の柄を握り締めてから、麻乃はさっきまでいた岩場を振り返った。


 多分、高田と修治が残っている。

 ぬるい戦いぶりを見せるわけにはいかないと思うと、否応なく気合がこもる。


 浅瀬で揺らめく敵艦から一斉に兵が出てきた。

 すばやく目を走らせ、赤髪の女を探しながら、麻乃も砂浜を走った。


 視界に濃紺の影がチラつく。

 それが隊員たちのものだとすぐにわるからか緊迫した中でも安堵した。

 所々で鋼のぶつかる音が響き始め、麻乃も鬼灯を抜き、目の前に迫る敵兵にを斬り払った。


 一人、また一人――。


 気づくと麻乃を目がけて敵兵が集まってきている。

 自然と隊員たちもその周囲に固まってくる。


(なんだ? ここに集中してる……?)


 敵兵の隙間を縫うようにくぐりりぬけ、斬り倒しながら敵艦に目を向けた。

 一番手前の戦艦に赤髪の女がいた。


(あんなところに!)


 周囲に散るように指示を出しながら、少しずつ敵艦のほうへ近づいた。

 麻乃の行く手を阻むかのように敵兵が集まってくる。

 なかなか近づけないうえに、女は戦艦からおりてくる様子もない。


(なんとかして引きずりおろさなければ、手を合わせることも叶わないじゃないか)


 目の前に集中していて背後がおろそかになった隙をつかれ、肩口を斬りつけられたのを、辛うじて身を屈めてよけた。


 また、麻乃を中心に隊員たちも固まり始めている。


 埒が明かない。

 次々に振り下ろされる武器を避け、敵兵のあいだをすり抜けると波打ち際に向かって走った。

 隊員たちが相手にしている敵兵以外、どういうわけか、麻乃を追ってくる。


(あたしが狙われている……?)


 振り返って構えた前に、巧が割って入った。


「ここは私が! あんたは前にお行き!」


 うなずいて走った。

 まだ追って来ようとする敵兵は、巧の隊員たちが防いでくれた。


 前方からは、新たに小隊が向かってきている。

 それを突破すればあの女に確実に近づける。

 鬼灯を構え直すと、麻乃は息を整えてから小隊を迎え撃った。

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