第103話 決意の瞬間 ~麻乃 3~
「くれぐれも蓮華たちの言葉に耳をかたむけるでないぞ」
念を押すように放たれた言葉が麻乃の頭の奥に響く。
もう一度、頭をさげて神殿を出た。
泉の森から風に乗って唱和が響いてくる。
振り返った頬に風が触れ、髪をなびかせた。
葬儀でもあったのだろうか。
だから神殿の中には誰もいなかったのか?
カサネに触れられたときの温かさとシタラが残した手首の冷たさの差に、胸がざわめく。
(一人でいる時間を、あまり長く持たないようになさい)
(ほかの蓮華を信用するでない。一人きりにおなり)
二つの言葉が麻乃の頭の中を占めて離れず、フラフラとその場を離れた。
暗くなってから豊浦と石場がやってきた。
そのときには箱詰めは全部済んでいて、あとは小さな家具類だけが残っているだけだ。
「隊長、今日は小さめの車しか用意できなかったから、家具類は運べませんよ」
豊浦がせっせと運び出している合間に、石場が手を止めて言った。
「そっか……弱ったな……できれば今日じゅうに全部済ませちゃいたかったんだけど……明日にはみんな詰所から戻ってくるし」
「小坂のやつを呼んできて手を増やせば、もう一回、運び出せますけど呼んできますか?」
豊浦は手を休め、汗を拭っている。
「う~ん……でも行って戻ってくるだけで結構な時間がかかるしなぁ。さすがに二往復はつらいと思うよ。仕方ない、明日の夜遅くにもう一回運び出しするか。誰か手の空いていそうなやつ、いるかな?」
「
「よし、そんじゃ悪いんだけど、あんたたちから頼んでおいてよ。明日の深夜、そうだな……二時半にここで。そんな時間なら、みんなも寝てるだろうし」
「了解です」
最後の荷物を抱え、三人で部屋をあとにした。
中央に戻ってきたときはもう深夜で、なにもない部屋で横になると、麻乃はあっという間に眠りに落ちた。
にぎやかな声が響き、目を開けるともう陽が高くなっていて、窓の外をのぞいてみると巧と梁瀬の部隊が宿舎に戻ってきたところだった。
起き上がった瞬間、体の節々に痛みを感じ、伸びをして体をほぐしてから腕時計を見た。
「あれっ、もう二時か……」
十時間以上も寝ていたようだ。
その割に体が休まった気がしない。
もう一度、横になって、麻乃はふと思った。
(そういえば、あたし昨日からなにも食べてないや)
おなかが空いたとは思わない。
けれど、なにか口にしないといけない気がして、シャワーを浴びて身支度を整えると、そっと裏口から馬屋に向かった。
お気に入りの馬をひき、中央の繁華街、
深夜二時半――。
瀬野と矢萩の手を借りて残った家具類のすべてを運び出すと、西区の自宅は、収拾がつかないくらいに荷物であふれた。
「これ、凄いことになっちまいましたね」
「うん、かなりマズイよね。あたし、片づけ終わるの、何年後になるだろう?」
思わず遠い目で部屋を眺めると、矢萩が吹き出した。
「隊長、こりゃあいくらなんでも、あんた一人じゃ無理ですって。訓練が終わったら、隊のみんなで手がけたほうがいいですよ」
「それじゃあ駄目なんだよ。あたし一人でどうにかできなきゃ駄目なの」
瀬野が積み上げられた荷物をぐるりと眺めた。
「そうはいっても、これじゃ必要なものも探せませんって。ぱーっとみんなでやっちまって、いつでもなんにでも対応できるようにしてくれたほうが、俺らも安心ですから」
ぐっ、と言葉に詰まる。
そう言われてしまうと、麻乃はなにも言い返せない。
そもそも、ちゃんと整理して箱詰めをしたわけじゃないから、まず、どこになにが入っているのかさえもわからない状態だ。
「今度は女手もあることだし、なによりこの惨状を見てもらえば、みんなも隊長って人がどんな人間なのかを、よーくわかってくれますよ。きっと」
「バカ! そりゃあ一体どういう意味だよ!」
いたずらっ子のように含み笑いをした二人の頭を苦笑しながら小突いた。
「とにかく、まずは効率的にいきましょうよ」
「……うん、じゃあ、そうしてもらおうかな」
「とりあえず、古株連中には伝えておきますから、はっきりしたことは訓練が始まる日に、隊長からお願いしますね」
「わかった」
車のエンジンをかけた矢萩が「行きますよ」と呼んだ声を機に宿舎に戻った。
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