第104話 決意の瞬間 ~麻乃 4~

 久しぶりに麻乃は会議に出席をした。

 このところは、本当になにもない穏やかな日が続いているようだ。


 持ち回りから外されている今、本当なら会議に出る必要もなかったけれど、諜報の報告がなにかあがってくるんじゃないかと思い、顔を出してみた。


 この日、ついに庸儀の諜報から、赤い髪の女の情報が入ってきた。

 ジェ・ギテ、歳は三十八、庸儀では国内で一番大きな部隊を率いる武将だという。腕前のほどは今一つ、つかめていないようだ。


 驚いたのは、もう四年も前から鬼神を名乗っているということだった。

 前国王の寵愛ちょうあいを一身に受けていたという。

 今の王からも絶大の信頼を得ているようで、常にそのそばにいるらしい。


 ここへ来て鬼神という言葉が出たことに上層も困惑を見せたけれど、泉翔への進軍に関わっている様子が見えないことに、多少の安堵を感じているようだ。

 ジェという女は、ロマジェリカ、ヘイトとの同盟にも一役、買っているらしい。


「この三国が同盟ねぇ……しかもこの女が関わってるわけか」


「そういったって、しょせんは寵姫ちょうきでしょ? 関わってるっていっても、どんな関わりかたをしてるのかは一目瞭然じゃないのよ」


 梁瀬と巧がつぶやいた。

 これまでは四国がそれぞれに大陸の統一を狙って争いを続けていたのに、そのうちの三国が手を結んだとなると、力関係はどうなっているのだろうか。

 三国がジャセンベルを亡国にすることができたとしたら、そのあとはどうなるのだろう?


 一国が大陸を治めるのではなく、三国が協力し合って大陸を発展させていくつもりなのだろうか。

 泉翔への関わりかたはどう変わるのだろう?


 ヘイトに出ている諜報の情報では、同盟を結んだあとに、多くの兵士が脱国をしたという。

 ヘイトには相当数の反同盟派がいたのだろう。

 庸儀では反乱分子と思われる多くの兵や、前国王の血族が処刑されたというから、それを見越して逃げたのかも知れない。


 うまく逃げおおせたとのことだけれど、三国が同盟を結んだ今、彼らが姿を隠す場所などあるのだろうか?

 広い大陸だけに思うよりも簡単に、その身を潜める場所があるのかも知れないが……。


「組んだことでなんのメリットがあるんだろうな?」


「やっぱり物資ですかね?」


 みんながいろいろと話し合っているあいだ、麻乃は一人、ジェの情報を何度も読み返した。


(男の戦士が多い中、それを差し置いて一番大きな部隊を任されているってことは、やっぱり相当の腕前なんだろうか?)


 自らが鬼神だと名乗っているのなら、あの髪の色からみても、もう覚醒しているんだろう。


(女を使っただけでここまでのぼり詰めることができるほど、戦場は甘くないはずだ)


 ジェの姿を思い出す。

 多分、身丈は麻乃より大きい。

 武器はなにを使うんだろう。


 あのときはドレスをまとっていたけれど、まさか戦場であの格好はないだろう。

 報告書だけではなにも見えてこない。


(見たい。この目で……戦っている姿を……)


 会議が終わったあと、ほかの蓮華たちが会議室に残って報告書のつき合せをしていたところに、上層部から呼び出されて麻乃は席を立った。


「先だっての申し入れの件だが、シタラさまとも良く話し合った結果、この話しを進めることに決定した」


「ありがとうございます」


「訓練が終了し、復帰が決まり次第、追って通達を出すことにしよう。良いか?」


「もちろんです」


 問われるまでもなく、麻乃にとってそのほうが好都合だ。

 ギリギリであるほど、みんなからいろいろと問い詰められる機会が減る。

 煩わしいことはすべて排除したかった。


 どうせなにを言ってもわかってなどもらえない。

 みんなからみれば、しょせんは他人事ひとごとだ。

 覚醒するのも、それを誤ったときに誰かを傷つけるのも全部、麻乃自身でしかない。


 覚える不安も感じる恐怖もすべて――。


(一人きりにおなり)


 言われるまでもなく、一人きりだ。あたしはいつも……。


(あたしは一人……いつも……?)


 不意に意識が霞んだ。押し寄せる不安、麻乃はなにかとても大切なことを忘れている気がした。

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