決意の瞬間
第101話 決意の瞬間 ~麻乃 1~
ついに演習が終わった。
これまでは、張り詰めていたことで蓄積された疲労が感じにくかった。
それが一気に噴き出す瞬間でもある。
麻乃自身も、初めてのサバイバル演習が終わったときには倒れたクチだ。
このあとは、体調を整えるために三日間の休みを挟んでから通常の訓練に移る。
休みのあいだにリストバンドを集計しながら、参加してくれた師範と一緒に隊員たちの強い部分や弱い部分、苦手としている部分を突き合わせた。
それをもとに、訓練で重点的に伸ばしたり克服させたりしなければならない。
麻乃の部隊は集計をするまでもなく、なにが苦手なのかわかっていた。
(新人のやつら、中距離、遠距離戦にはめっぽう弱いな……)
銃や弓を相手には潜む場所を探しきれず、ともすれば槍にさえも、その懐に入り込めずに倒されている。
幸い反射神経はいいようで撃たれても弾くのはうまい。
けれど倒せなければ、なんの意味もない。
その部分を集中的に強くしていかなければ。
師範の方々が効率のよい訓練メニューを組んでくれているあいだ、修治が小声で聞いてきた。
「麻乃、俺のところは中央の訓練所を使うんだが、おまえはどうする? このあとも一緒に続ければ仕上がりが早いと思うんだがな」
「そうかも知れないけど、あたしはこのあとの訓練、東でやるよ」
「東? なんでまた……ここや北、せめて南のほうが使い慣れていていいんじゃないのか?」
「いや、今回は東が都合がいいんだよ。広さも環境もね」
修治は当分のあいだ、俺のそばにいろと言った。
最初はそのつもりだった。
東よりも、ほかの地域の訓練所を修治が勧めてくるのは、そばにいられなくても、詰所の誰かが様子を見に来られると思ったからだろう。
(だけど、いつまでもそれじゃ駄目なんだ――)
東区は海岸線が切り立った高い崖になっている。
敵国からの攻撃がないため、演習場、訓練所と簡易宿舎があるだけで、詰所はない。誰からも干渉されずに過ごせる。
修治は腰に手を当ててうつむいたまま、軽くため息をついた。
「まぁ、おまえが使いやすいっていうんなら、それもいいかもしれないな。無茶なことだけはするなよ」
いつもと違う。
もっと強引にほかの訓練所を勧めてくるかと思っていた。
いつもなら、麻乃が離れて行動しようとすると、もっと問い詰められるのに。
「もう怪我はこりごりだからね。無茶はしないよ」
そう答えて修治の顔を見上げた。
目が合うと、修治は複雑そうな表情を見せて笑い、資料を受け取って拠点の片づけに行ってしまった。
こんなときには優しげな目で笑いながら、頭をなでてくるのに。
麻乃自身でその手を振り解いた結果だとしても、本当に離れてしまうと思っていた以上に寂しさを感じるものなんだと、今さらながら気づく。
隊員たちとともにテントを畳んでいる修治の姿を見つめて、涙がにじみそうになったのをグッとこらえ、麻乃も荷物の積み込みを手伝った。
「麻乃!」
振り返ると比佐子が荷物を手に駆け寄ってきた。
「チャコ、荷物はもうまとめたの?」
「うん、あんた、まだ片づけ残ってるんだ?」
「積み込みは終わりそうだから、あとは詰所で荷ほどきしないとね」
「そう」
風に揺れる葉から木漏れ日が、キラキラとその影を落としている。
比佐子は目を細めて森を眺めながら、懐かしそうにほほ笑んだ。
「なんだかさ、久しぶりだったからキツかったけど、楽しかったわ」
「四年もブランクがあったようには思えなかったよ、最後のほうはね」
「もう戦士として出ることはないから、そのぶん、気が楽だったしね」
比佐子の横に並び、その視線の先を見た。
広がる森の中は、今はとても静かだ。
「チャコ、このあとはどうするの?」
「私は修治さんのところの子に送ってもらうの。東区だからここから真逆でちょっと遠いしね」
「あぁ、そう言えばチャコは東区にいるんだったね」
しまった、と麻乃は思った。
親しくしている人はいないと思い込んでいたけれど、東には比佐子がいた。
それでも、みんなと顔を合わせずに済むだけ、まだ良しと思うか。
「今回は本当にありがとうね。チャコが来てくれなかったら、あたし今もまだ医療所にいたかもしれない」
「私はなにもしていないわよ」
「ううん、手も借りられたし、引き継ぎもできたからさ、凄く助かった」
照れた表情を見せた比佐子は、照れ隠しに、また麻乃の髪をワシワシとなで回してきた。
「だから! それ、やめてって!」
「たまにはさ、私のところにも遊びに来なよ。昔みたいに夜中まで話しでもしたいし。ね?」
両手で髪を整える麻乃に笑いかけると、比佐子は手を振って演習場を出ていった。
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