稼働

第62話 稼働 ~麻乃 1~

 今日からいよいよ演習が始まる。

 早朝から、麻乃は修治と西詰所で準備を始めていた。


 トラックに荷を積み込むと、中央と西区の境にある大演習場まで運び、森の入り口に、いくつか休憩用のテントを張った。

 食糧や水も用意してある。

 ここが麻乃と修治、それから師範たちの拠点となる。


 午前八時、西詰所の前には新しい部隊員を含む、計百名が集合した。

 演習用の武器と荷物を配ると、修治の第四部隊は森の南側へ、麻乃の第七部隊は北側へと移動した。


「この演習では、まずは相手の気配をたどって追うこと。見つけたら倒して、班のリーダーがつけている、このリストバンドを奪う」


 そう言って、左手にはめた革製のリストバンドをかかげてみせた。


「これにはアルファベットと番号が振ってあって、この組み合わせでどの班のものかわかるようになっているから。まずは手もとに二十番まで渡してある。奪われたら番号順にはめ直すように。次に武器」


 手にした演習用の刀を抜いてみせる。


「本当は個々の武器を使わせたいところなんだけど、誤って大きな怪我をされると困るから、今回は演習用のものを使ってもらう」


 舞い落ちた木の葉に向かって、スッと刀を流すと触れた落ち葉がバチッと音を立てて燃え落ちた。


「こいつは当たると電流が流れる。弱めにしてあるけれど当たったら十分から十五分は起きられないかな。気を失うと思うけれど、たいした怪我はしないから安心して」


 新人たちの表情が硬くなった。

 それを見つつ、かばんを掲げてみせる。


「それから荷物。これにはいくつかの医療品が入ってる。中身を確認して。ないとは思うけど、万一、大きな傷を負ったときや具合が悪くなったときに使うように」


 荷物を確認している隊員たちの様子を見ながら、次に進める。


「食料は、自己調達してもらう。この演習場は中央との境の山だから動物もいる、果実や野草はある、川には魚もいる。自分たちの手でどうにかするには、いい環境だよ」


「荷物の中にある小刀は、それに使うためですか?」


「そう。くれぐれも、それ以外の目的では使わないこと。中に赤の信号弾もあるよね。不測の事態、生命を左右するような、自分たちの手にあまると判断する事態が起きた場合にのみ、これを使うこと。こちらから指示や連絡があるときには、緑の信号弾を打ち上げる。それを見たら、速やかにこの場所に集合して」


 全員の返事が響く。

 麻乃は黙ってそれにうなずいた。


「あたしたちは他国を迎え撃つだけで、決して侵略はしない。だから本当はこんなサバイバルは必要ないんだけど、こういう形の演習にも、ちゃんと目的があるから、絶対に手は抜かないように。どれだけ奪ったか奪われたかが最後に重要になるからね」


 ちらりと腕時計に目をやると、麻乃は全員に時計を合わせるよう指示をした。


「九時に入る。開始は十時から。今、あたしたちは同じ隊の仲間だけれど、中に入ったら自分の班以外はみんな敵だよ。次の指示があるまでは、ひたすら気配を追い、相手を倒してバンドを奪う。そのことだけに集中して。師範の方々とあたし、それから安部は個々で行動している。だからって班同士で対峙するより楽に奪えると思ったら大間違いだから」


 説明をひととおり終えた麻乃は、古株を集めた。


「あんたたちは今回の演習の意味をわかっているよね? だから新人たちに簡単な助言や手助けをしてやってほしいんだけど、やつらが自分の頭で考えて、気づいてくれないと意味がないからね。後ろから見守るだけで、必要以上に語らないように気をつけて。まぁ、新人をかばいながらじゃ、あんたたちも余裕はなくなるだろうけどさ」


 小声でそう言った。

 みんながうなずいたのを見て、スタートの指示を出した。

 南側から修治の部隊も入っただろう。

 全員が森の奥へ姿を消したのを見届けると急いで拠点へ戻った。


「遅いぞ」


 修治は先に戻っていて、師範の方々に流れや注意点の説明を始めている。


「始めのうちは、こちらからアクションを起こさなくても、向こうが探してくれるので、それに合わせてのんびりやってください。移動中に出くわした場合は、それに限りませんが……手加減はなしでお願いします」

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