第63話 稼働 ~麻乃 2~
ぐるりと見回すと、どの師範も見覚えがある人ばかりで、二十名が集まっていた。
戦士を引退した人や、相応の腕を持ちながらも印を受けず、師範として戦士を育て続けてきた人もいる。
これだけのメンツと手合わせができる機会も、そうそうないだろう。
そう思うと、麻乃は少しだけ隊員たちの側に回りたくなった。
当然負ける気はしない。
ただ、手合わせをして自分の力を試したい。
そんな衝動に駆られる。
武器も刀や剣以外に、槍や斧、銃に弓、数人の術師もいて、日中と夜間にわかれて参加をしてくれるそうだ。
このメンツに、麻乃の部隊はどこまで喰らいつけるだろうか?
(時間がきたら、まずはひと回りして様子を見てこようかな)
そう考えながら仕度を始めた。
リストバンドの入った荷物を腰に巻きつけ、靴ひもを固く結び直していると、同じように支度をしながらの修治が声をかけてきた。
「調子、良さそうだな」
「まあね」
「俺はまだ少し、胃がもたれている気がする。昨夜も今朝も、なにも食えなかった」
「あぁ、オレンジケーキ」
昨日のことを思い出して笑うと、修治は顔をしかめた。
「あんなでかいのを用意しやがって、配分ってものを考えろ」
「今年の大きさは驚いたね。いくらお父さんとお母さんが好きだったからって、おクマさん、あんなの焼くとは思わなかったよ。昨年は小さめだったのに」
「残りのぶん、おまえ、まさか全部食ったのか?」
「二人に供えたぶん以外はね。あ……そういえばお供え、そのままにしてきちゃったよ」
「馬鹿。今夜にでも、いったん戻って片づけてこい。カビるぞ」
「だよね、暗くなったら行ってくるよ」
オレンジケーキは両親が好きだった食べものの一つで、子どものころには良く母親が焼いてくれて、家族で食べたものだった。
亡くなってからは毎年の命日におクマに焼いてもらって、砦に行ったあと写真の前に供え、残りを修治と二人で食べている。
なぜか今年はことのほか大きなケーキで、それを目の前に二人で唖然としてしまった。
腕時計に目をやる。
間もなく時間だ。
師範たちは修治の時計に時間を合わせると、半数が森へ入っていった。ピリッとした緊張感が伝わってくる。
袖をまくり、みんなのあとに続いて麻乃も森へと足を踏み入れた。
見つけてもらわないと意味がないから、誰もがあえて気配を殺さずにいるせいで、いつもは静かな大演習場に、今は人の気配が濃く漂い、ざわついている。
周辺の木々の陰を、チラチラと見え隠れしていた人影が、やがて一つも見えなくなった。
手近な高めの木に登ると、意識を集中して周囲を探り、落ち着かない雰囲気のするほうへと足を向けた。
しばらく行くと早速、麻乃の隊員と修治の隊員がぶつかっているところが遠目に見えた。
腕は互角……に見える。
新人もよく動いている。
けれど、やっぱり立ち合いとは違う、実戦としての動きに付いて行けないのか、それとも気押されているのか、だんだんと分が悪くなり、麻乃の隊員たちは次々に倒された。
(修治のほうは予備隊の引き上げが、うちより多かったからなぁ……やっぱり実戦に慣れてると、こういうときに強いか。でもまぁ、この演習が終わるころには、その差はきっと埋まっている)
修治の隊員がリストバンドを奪って去っていくのを待ってから、再び木々を飛び移りながら移動を始めた。
思っていたよりも、お互いが出会う確率が高いようで移動している途中、二組が打ち倒されているのを見かけた。
人の気配を追うのがうまいのか、それとも単に出会ってしまっただけなのか、まだどちらとも判断がつけられない。
川辺に近いあたりまで来ていたのか、水音がかすかに聞こえる。
そこに、どうやら一休みしているらしい、多数の気配を感じた。
(このまま追い立てるか、それともやり過ごしてひと回りしてくるか……)
迷っていると、麻乃の気配に気づいたのか、隊員たちが動きだした。
(気づかれた以上は、相手にならないとルール違反だよなぁ)
左手の茂みで、こちらを探している姿が見える。
相手が木の上にいる、とまでは、まだ考えていないようだ。
茂みを中心にして広がり、間合いを詰めてきている。
良く見れば、麻乃の部隊のやつらだ。
仕方なしに枝の上で立ちあがると、麻乃はアームウォーマーをはめてから、リストバンドを締め直した。
そして枝を力一杯に踏み切った。
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