第61話 それぞれの想い ~梁瀬 1~
気づかれないように、距離を置いて修治のあとをつけた。
行き先は砦だとわかっているから離れたところでなんの問題もない。
見つからなければそれで良い。
砦の手前で木立に隠れながら、梁瀬と鴇汰は建物の裏側へ回った。
崖の手前に麻乃の姿が見え、同じように正装だったことに梁瀬は少しだけ驚いた。
修治が手渡した花束を投げ捨て、二人は銀杏の木の前に立つと、そこから動こうとしない。
なにか話している様子なのは見てわかるけれど、声までは聞こえてこなかった。
鴇汰のほうを見ると、険しい顔つきで二人の様子を見つめている。
「梁瀬さん、そろそろ戻らねぇ?」
鴇汰がそう言ったとき、激しい嗚咽が聞こえてきた。
振り返ると、修治に抱きしめられて麻乃が泣きじゃくっていた。
鴇汰と二人、初めて見る麻乃の姿に驚いて、ただその場に立ち尽くしていた。
「あの麻乃があんなに泣くなんて……あんな姿、見たことがねーよ……なんなんだよ……」
二人から目を逸らし、腰をおろして砦の壁に寄りかかかった鴇汰は、そうつぶやいた。
「僕も……あんな麻乃さんは初めて見たよ。きっと、ほかのみんなも同じなんじゃないかな」
「修治には心配かけたくないなんて言った癖に、あんな姿は見せられるっていうのか?」
「ホラ、二人は幼馴染だっていうし、二人にしかわからない原因とか事情とがあるんじゃないかな」
「二人にしか……か……」
大きなため息をつき、鴇汰は黙ってしまった。
ずいぶん長くそこにそうしていた気がする。
やがて静かになり、背中をさすられて落ち着きを取り戻したのか、修治が麻乃の肩を抱くようにして、その場を去っていった。
「麻乃さんが花を投げ捨てたときは痴話げんかでも始まるかと思ったけど、変なラブシーンを見せられるよりずっと雰囲気を感じたよねぇ」
二人が帰っていった木々の向こうを、その姿が見えなくなるまで見送ってから、梁瀬は鴇汰に目を向けた。
瞬間、ドキリとした。
鴇汰は今にも泣き出しそうな、切なげな表情だ。
「ごめん、変なところに連れてきたよね。鴇汰さんにそんな顔をされると、僕のほうが切なくなるよ……もう戻ろうか」
そう言って鴇汰の肩を押した。
押し黙ったままでうつむき、車に向かう鴇汰の姿に、ただ、胸が痛んだ。
横顔をチラチラと盗み見ながら、梁瀬は思った。
(しまったな――)
鴇汰の表情を見て、ひどく焦った。
最初に見たときに、すぐに思い出せたらよかった。
正装に白い花束、砦に麻乃と修治が二人きり。
多分……いや、確実に、今日は麻乃の両親の命日だ。
梁瀬はそのことを知っているから、修治と麻乃がああしていても、なにもないとわかるけれど、鴇汰はなにも知らない。
(ひょっとすると、もの凄い勘違いをしているかも――)
教えてあげようにも、事情が事情なだけに、あまり触れ回るようなまねもできない。
切なそうな寂しそうな、やり切れない思いが、さっきの表情にあらわれていた。
鴇汰のあんな顔を見たのも初めてだけど、どれだけ気持ちを寄せているのかもわかってしまった。
(まいった――とんでもない失敗をしてしまったな……)
後悔しても、どうしようもないけれど、軽はずみなことを……かわいそうなことをしてしまった。
黙ったままになってしまった鴇汰を見て、梁瀬はため息をつくしかなかった。
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