第60話 それぞれの想い ~修治 1~

 修治は少し足を速めて歩いた。

 花束を買うのに思ったより時間がかかってしまった。


 砦のそばまでくると修治は周囲を見回し、海側の崖の手前に麻乃の姿を見つけ、近づくと肩から花束をおろした。


「遅くなったな」


「ううん、大して待ってない」


 麻乃は差し出された花束を受け取り、顔を寄せている。


「やっぱり百合は匂いが凄いね」


 そして崖の上から海に向かい、両手でそれを投げ落とした。


「少しは話しができたか?」


「うん、近況報告だけどね」


「そうか……」


 修治と麻乃は砦のそばにある銀杏の大木に手を当て、黙とうをした。


 今日は麻乃の両親の命日だ。


 毎年この日は二人でここを訪れている。

 子どものころ、麻乃はここで良く泣いた。

 麻乃が蓮華の印を受けた年に二人は、なにがあっても逃げない、むやみに泣かない、と決めた。


 戦士だった麻乃の両親を越えるために、どんなにつらくてもそれを乗り越えていこうと、この場所で誓ったのだ。

 以来、麻乃が泣いたところを見ていない。

 人知れず涙を流しているのかもしれないが――。


「近ごろは忙しくて、ろくに話しもできなかったな。なにか変わったことはあったか?」


「ううん、特になにも」


「だったらいいんだ。けどな、なにかあったらすぐにいうんだぞ」


「うん」


 麻乃は返事をして、目を伏せる。


「ガキのころからずっと一緒にいるから、たいていのことはわかっているつもりだが、印を受けてからのおまえは、だんだんと隠しごとが増えていくみたいだな」


「隠しごとなんて、そんなこと……」


「まぁ、誰にでも言いたくないことや言いにくいことはあるだろうしな。俺にじゃなくても誰かに話していればいい。ため込むときつくなるから、一人で考え込むのだけはやめておけ」


 銀杏の幹の向こうがわで、麻乃は黙ってうなずいた。

 なにかを隠したいときや嘘をつくときは、口数が少なくなるからすぐにわかる。


 こいつはいつも肝心なときに言葉が足りない。

 言いたいことは山ほどあるのだろうが、引出しからなかなかその中身を引っ張り出せないようだ。


「このあいだのな……部隊のやつらが逝ってしまったとき……川上のことも、俺は泣くなと言ったけど、おまえ、今日は泣いておけ」


「だって泣かないって決めた」


「決めてからずっと、本当に泣かなくなっただろう。けどな、あれだけのことがあったんだ。一度くらいは泣いてもいいんじゃないか? 本当は今も泣きたいんだろう?」


「それは……」


「ここで泣いちまって、また一からやり直すと、あらためて親父さんとお袋さんに誓おうじゃないか」


 麻乃はまだうつむいている。


「話しは誰にでもできるが泣くところを誰かれかまわず見せるなんてできないだろう? 今なら俺しかいないしな。それに……」


 少し間を置くと、麻乃の目がこちらを向いた。


「俺はここに来る前に泣いてきたぞ。恥ずかしいくらいにな」


 自嘲気味に笑って見せると、ジッと観察するように修治を見ていた麻乃の目が、わずかに笑った。


「恥ずかしいくらいって……どんだけなのさ」


「そりゃあおまえ、とてもじゃないが人前には出られないほどだよ」


 両手を広げて麻乃を促す。


「……修治のバカ」


 ゆっくり歩み寄ってきて胸に寄りかかったその背中をそっと抱きしめてやると、麻乃は誰の目も気にせずに思いきり泣いた。

 本当は、修治は泣いてなどいない。


(シュウちゃんは嘘をつくと、必ず首筋に触れるから、すぐにわかるのよ)


 以前、多香子にそう言われたのを思い出し、 意識して腕を組んでいた。

 麻乃が探るような目で見ていたのは、きっと癖を確認していたんだろう。

 修治がその癖に気づいているとは思っていないようだ。


(残念だったな。俺のほうがまだ少しうわてだ)


 これで少しでも胸につかえているものが消えるなら、今はそれでいい。

 泣くことで発散して、わずかでも麻乃の肩の荷をおろしてやれるなら……それで。


(隠していることも、いずれ必ずはき出させてやる)


 麻乃の背をさすりながら、修治はそう思っていた。

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