古巣での待ち人

第18話 古巣での待ち人 ~麻乃 1~

 中央の宿舎に戻ると、早速、荷作りを始めた。

 三カ月も西区で過ごすとなると、あれもこれも必要な気がするし、いらない気もする。


 麻乃は片づけることが苦手で、部屋はいつも散らかりっぱなしだ。

 気づいたら辺りはすっかり暗くなり、箱詰めも進まず途方に暮れた。

 突然、背後でため息が聞こえ、麻乃は飛びあがりそうなほど驚いた。


「ったく……おまえの部屋は相変わらずの散らかりようだな」


 いつの間に来ていたのか、麻乃の部屋の入り口に修治が呆れた顔で立っていた。


「傷が痛んではかどらないだけだよ」


 麻乃はあわてて手もとの本を積みあげ、片づけをしているふりをした。


「そういう問題か? おまえの場合、それ以前の問題だろう?」


「だって片づけとか掃除とか苦手なんだもん」


「たいていのものは自宅にあるだろうが。足りないものは、あとから巧にでも送ってもらえ」


 修治は衣類だけ箱詰めすると、さっさと運び出した。

 そしてもう一度、部屋に戻ってくると、麻乃の刀、紅華炎刀に目を向けた。


「こいつはひどいな。柄糸が燃えちまってるじゃないか」


「うん、油が染みてたからかな。目釘も緩んじゃってるし、刀身はぶれてるし、帰ったら直しに出さないと」


「おまえのは周防すおうの爺さまのところだったな。戻ったら早いうちに持っていけ。ああ、それと、明日なぁ……」


 腰に手を置いて、言いにくそうに目をそらして外を見ている。

 修治がこんなふうに言葉に詰まったりためらったりするのは珍しい。

 なんとなく、嫌な予感がする。


「なに……? 明日、たつ時間のこと?」


「いや……高田先生がな……戻り次第、なにを差し置いてもまず顔をだせ、だってよ。日が暮れてから行くわけにもいかない。早朝に出ないとまずいだろうな」


 うっ、と麻乃まで言葉に詰まった。

 朝早いのはどうってこともないけれど……。

 思わず両手で顔をおおうと、指のすき間から修治をのぞき見て、念のため聞いてみる。


「それは回避は不能?」


「だろうな」


「あーっ! 嫌だなぁ……ねえ今からでも帰るのやめにしよっか?」


「馬鹿か。そんなことをしたら、あとで余計にやっかいな目にあうぞ。まあ、多分呼ばれるとは思っていたし仕方ないだろ。あきらめろ」


 修治は苦笑して荷物を手に、ドアを開けて振り返った。


「じゃあ、今夜中に荷物を送る手配はしておくから、明日は朝、四時に下でな。いいか? 四時だぞ」


 バタンとドアが閉まったのをみて、ため息をこぼした。


「そんなに念を押さなくたってわかってるってのに」


 ブツブツと文句を言いながら、とりあえず最近手に入れたばかりの本を数冊、かばんに詰め込み、散らかったものを少しだけ片づけた。


(そういえば、軍部のほうにいくつか資料を置きっぱなしにしていたっけ)


 ノロノロと立ちあがると、宿舎を出て軍部に向かった。

 個室で必要な資料をまとめて手にすると、ふと思い立って屋上へあがってみた。


(やけに明るいと思ったら満月だったのか)


 鉄柵に寄りかかり、夜の闇に包まれた泉の森をみつめ、亡くなった隊員たちを思った。


 医療所からの帰り道、遺体はすべて回収されたと修治に聞いた。

 戦士が全員左腕につけている白銅の腕輪には、識別番号が刻まれている。

 その番号で焼死した隊員も判別できる。


 近いうちに合同葬儀がある。

 亡くなった人数が多かったから、これまでにない規模になるだろう。

 昨日の今日で、まだあちこち傷が痛む。

 思ったより浅かったとはいえ斬られたのは事実だから。


 包帯の上から左腕をさすり、月を仰いだ。

 青白い光が全身にからみついてくるようで、総毛がたつような不気味さを感じる。

 それなのに、なぜか目がはなせない。


 琥珀色の月は、気持ちを温かくしてくれるようで好きなのだけれど、今夜の青さはなんだか怖い。


(黒い塊につかまれた腕がチリチリと痛むのは、火傷のせいだろうか?)


 不意に誰かの視線を感じて振り返った。

 辺りは暗闇がつづくだけで、誰の姿もありはしない。

 重々しい空気が麻乃の周りに満ちているようで、膝を抱えてその場にうずくまると、ゆっくりと深く、呼吸を繰り返した。


 すると突然、屋上の鉄扉がガーンと大きな音をたてて開いた。

 驚いて顔を向けると息を切らせた鴇汰が立っている。

 その姿を見て妙にホッとし、声をかけた。


「なんだ、鴇汰か。どうしたのさ? こんな時間に」


「なん……だ、じゃなく、て……あ……麻乃こそ、こんなトコで……」


 走ってきたのか、息があがって言葉に詰まっている姿がおかしくて、麻乃はつい吹きだしてしまった。


 これまでの重苦しさから、急に解き放たれた気がした。

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