第17話 過ちの記憶 ~麻乃 2~
「――藤川さん」
「あ……あの……あたし……このたびはこんなことになってしまって、本当に申し訳ございませんでした」
麻乃は深く頭をさげた。
そんなことしかできないのが情けないと、母親を目の前にして改めて思う。
腕を失った我が子の姿に、どんな思いを抱いているのだろう。
「なにをいうんです。藤川さんが決断してくださらなかったら、息子は命を落としていましたよ。そりゃあ、片腕では不自由もあるでしょう。それでも、命があってこそ、ですよ」
母親は麻乃の手をギュッと握ってくれた。
その手はあたたかく力強い。
「生きてさえいれば、多少の不自由はあっても、この先、なんだってできます。助かってくれて本当によかった……あなたのおかげですよ。だからどうか、気に病まないで」
そして、どうぞ見舞ってやってください、と言って部屋を出ていった。
ベッドに近寄ると、川上の目が麻乃に向いた。
「隊長……安部隊長まで……」
「いいよ。話さなくて。目が覚めて本当によかった。けど、ごめんよ、つらい思いをさせて……」
そっと川上の額に手をのばした。
発熱しているのか、触れた手に熱が伝わってくる。
「なにを言ってるんですか……隊長、ゆうべも見舞ってくれましたよね。そうやって、俺の額に触れて……」
「……ゆうべ?」
「夜中に目を覚ましたら枕もとに立ってて……常夜灯のあかりで目が赤く見えたから、俺、お迎えが来たのかと思っちまいましたよ」
痛みに顔をしかめながらも、川上は冗談まじりにそう言って、へへっと笑ってみせた。
麻乃が目を覚ましたのはついさっきだ。無意識にここを訪れたのだろうか?
修治を振り返ると、こぶしを口もとにもっていき、窓の外に目を向け、なにか考え込んでいる。
「俺、脇腹なんですよ」
「うん?」
よそ見をしていたところに、川上が話し始めたから、あわてて視線を戻した。
「三日月……さすがに消えてました。だからもう、戦士として隊長の役にはたてないんですけど……」
「そうか……」
「俺、早く回復して、地元の道場で師範になることに決めました。たくさんの強い戦士を育てて、隊長のもとに送りだします」
目を閉じてゆっくりと深く息をはいた川上は、力強い目で一息に言いきった。
印が消えたということは、戦士としてはもう戦えないという証し……。
きっと、そうなるだろうとは思っていた。
片腕でやっていけるほど甘くはないのだから。
痛みがひどいのか、川上はつらそうな表情を浮かべて、もぞもぞと体を動かしている。
「もういいよ、もう話さなくていい。少し休みな。あたしもまだここへ通うから、また顔をだすよ」
「もう……来ちゃ駄目ですよ」
「――えっ?」
「俺が次に隊長に会うときは、育てた戦士をあずけるときです」
痛み止めが切れたのか、川上の呼吸が少しずつ荒くなり、体をよじってうなり声をだした。
「薬が切れたな。麻乃、おふくろさんと先生を呼んできてやれ」
修治にうながされ、麻乃は部屋を出た。
ドアが閉まるとき、修治が川上になにか問いかけているのが視界の端に入った。
廊下に出ると、部屋から離れたところで川上の母親と先生が話しをしているのを見つけ、声をかけた。
薬が切れたらしいことを伝えて、すぐに部屋へ向かってもらうと、二人と入れ違いに修治が出てきた。
「もう大丈夫みたいだな。きっと薬が効いて、また眠るだろう。俺たちももう行くか」
「そうだね」
一度だけ、病室を振り返った。
これまでも何度か怪我で部隊を離れた隊員がいたけれど、長く一緒に闘ってきた仲間がいなくなるのは切ない。
そんな感傷を察したのか、修治の手がまた麻乃の頭をなでた。
(なにがあっても逃げない。泣かない)
その言葉をもう一度、胸の中で繰り返して、医療所をあとにした。
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