第16話 過ちの記憶 ~麻乃 1~

 麻乃が最初に目にしたのは、真っ白な天井だった。

 静かな部屋の中で紙をめくる音が聞こえ、目線をうつすと、ベッドの横で椅子に腰をかけて資料を読んでいる修治がいた。


「よく寝たか?」


 視線に気づいた修治は、麻乃を見ると資料をとじ、優しげな表情で笑った。


「まあね」


 麻乃はそう答えて起きあがった。


(そうか……あのあと、気を失ったんだ――)


 左肩の傷が痛んだけれど思ったほどじゃないのは、多分、麻酔か痛み止めのおかげだろう。


「あたし、どのくらい寝てた?」


 窓から西日がさしているから、夕方が近いということはわかる。


「丸一日ってところか。もうすぐ陽が沈むからな」


「もしかして、ずっといてくれたの?」


「まさか。つい今しがた来たところだ」


 そう言いながら、修治は首筋に手をもっていった。

 それを見て、嘘だ、と思った。


 ずっとではないにしろ、きっと朝からいただろう。

 嘘をつくとき、修治はいつも首筋に触れる。


「川上の様子もみてきた。腕は元には戻らないが、容体は安定したそうだ。俺が顔を出したときは、まだ目を覚ましていなかったが」


「そっか……助かってくれて本当によかった……でも、あたしはあいつの腕を……よりによって右腕を奪って……」


「それでも死なせなかっただけ上等だ」


 うつむいた麻乃の頭を、修治はいつものようにクシャクシャとなでると、急に真面目な表情をみせた。


「あのな、おまえの傷の具合もたいしたことはなかったし、俺たち明日から当分……そうだな……三カ月ほど実家に戻るぞ」


「家に帰るの? どうして?」


「やらなきゃならないことが、山ほどあるからだ。俺たちは謹慎をくらったよ」


「謹慎……」


「部隊の崩壊で次の隊員の選別や訓練もしなければならない。中央にいても、前線どころか援護にも出られないんじゃ、ただ焦れるだけだろう? 一日も早く立て直さないとな」


「何人……残った?」


 シーツをギュッと握った手が震える。

 本当は一番最初に聞かなければならないことだった。


「俺のところは十八、おまえのところは十一だ」


 泣いてはいけないと、そんな場合ではないとわかっていても、目が潤む。

 残ったのが十一人ということは三十九人も……。


 もう八年以上をともに過ごし、楽しいときもつらいときも、いつも一緒で家族のようだった。

 それがあの一日で、ほとんどのものを亡くしてしまった。


 残ったうちの一人は川上だろう。

 そうなると、事実上、部隊に残るのはたった十人だ。


「つらくても泣いている場合じゃないぞ。俺たちは決めたはずだ。なにがあっても逃げない。泣かないってな」


「わかってる。大丈夫だよ」


 瞬きで涙をこらえ、深く息を吸って顔をあげると、麻乃は修治の目をしっかりとみつめた。


「それに……もうすぐあの日だから、西区にいたほうが都合もいいと思う」


「うん……」


「おまえの家は、今日のうちに簡単に手入れをしておいてもらおう。そのほうが、実家に帰るより落ちつけるだろう?」


「ん……そうだね。そうしておいてもらえると助かるよ」


 両親が亡くなってから、麻乃は修治の家に引き取られて暮らしたけれど、洗礼を受けたあと、両親と過ごした家を直してそこで暮らすことにした。


 修治には二人の弟がいて手狭になったことと、蓮華になったことで麻乃自身、ひとり立ちをしたいと思ったからだ。


 中央の宿舎に入るまで、少しのあいだそこで過ごし、それから今までは年に数回、帰る程度だ。


「起きられるようなら、このまま帰っていいそうだ。まだ何度かは通うようだけどな。一度中央に戻って、今夜中に荷物をまとめたら、明日の朝にたとうと思う。いいな?」


「うん……でも、その前に一度、川上の様子をみにいきたい」


 そうか、と修治はわずかに考えてからドアをみつめた。

  

「今からでも行ってみるか? もしかすると目を覚ましているかもしれない」


 麻乃はうなずいてそれにこたえ、身支度を整えて部屋をあとにした。

 ほかにも何人か、状態の重かった隊員のところへ顔をだし、見舞ってから廊下の一番奥の部屋へと向かった。


 ノックをすると、中から川上の母親が顔をだした。

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